ペット栄養学の分野において、認知機能のサポートを目的とした中鎖脂肪酸(MCT)の効果は多くの文献に記載されています。特にMCTは、老化、認知機能不全症候群(CDS)、及びてんかんに対して効果があると言われています。
しかし、このMCTは単に認知機能のサポートに留まるものではありません。まだ発展途上の分野ではありますが、中鎖脂肪酸の摂取により消化器および心臓の健康サポートとしても期待されています。
中鎖脂肪酸(MCT)とは
中鎖脂肪酸(MCT: Medium Chain Triglyceride)は、炭素原子が6〜12個で構成される脂質であり、一般的にパーム核油やココナッツオイルといった熱帯油脂に含まれています。これらは、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸などの中鎖脂肪酸を含みます。
長鎖脂肪酸との違い
長鎖脂肪酸(LCT)と中鎖脂肪酸(MCT)の大きな違いは、体内での消化の仕方にあります。長鎖脂肪酸は、膵臓から分泌される消化酵素(リパーゼ)によって分解され、最終的に脂肪酸とグリセロールという物質になります。このプロセスでは、胆汁酸や消化酵素を使って、脂肪が小さな粒(ミセル)になり、それが吸収されて血液に運ばれ、最終的に肝臓に届きます。
一方、MCTは消化の仕方が異なります。MCTは消化が簡単で、膵臓の消化酵素を使わず、直接血液に吸収されて肝臓に運ばれます。そのため、MCTは体内で消化されやすく、速やかにエネルギー源として使われる為、脂肪として体に蓄積されにくいのです。これにより、MCTは特に年を取った動物にとって、効率的なエネルギー源としての役割を果たします。
てんかんと認知機能の改善
MCT(中鎖脂肪酸)は、加齢や認知機能のサポート、そしててんかん治療において非常に有益な栄養素として注目されています。特に、てんかんを持つ犬においては、MCTが発作の回数や発作が起きる日数を減少させる効果があることが多くの研究で確認されています。また、MCTが豊富な食事は、てんかんを持つ犬の行動や認知機能にも良い影響を与えることがわかっています。
さらに、MCTは高齢犬の認知機能にもポジティブな影響を与えることが明らかにされています。MCTが犬の脳にエネルギーを供給し、特に高齢犬の脳の健康を保つために重要な役割を果たします。また、MCTを含む食事が学習能力の向上や行動の改善に役立つことも示されています。これにより、MCTは加齢に伴う認知機能の低下を防ぎ、認知保持に貢献します。
加えて、MCTが犬の健康全般に良い影響を与える可能性があることが示唆されており、その多面的な効果により、MCTは犬の健康をサポートする栄養素として、ますます注目されています。
消化器系の健康について
MCT(中鎖脂肪酸)は、腸内の健康にも良い影響を与えることが分かっています。MCTは腸の炎症を抑え、長鎖脂肪酸よりも炎症を引き起こすリスクが少ないことが示されています。
そのため、犬の腸の炎症を軽減するのに役立つと言われています。特に、消化器系に問題を持つ犬、例えば脂肪吸収がうまくいかない犬にとって、MCTは非常に役立ちます。MCTは消化が良く、速やかにエネルギーに変わるので、消化器系のサポートにも効果が期待できます。
また、MCTを使った食事は、胆汁酸が不足している犬にも有益で、消化を助ける役割を果たします。さらに、MCTは腸内の善玉菌の数を増やし、悪玉菌の増殖を抑える効果があり、腸内環境を改善してくれます。これにより、腸の健康が保たれ、免疫系の強化や酸化ストレスの軽減にもつながります。
MCTを補給することは、犬の腸内環境を強化し、消化器系の健康を促進するため、代謝性疾患の改善に役立つ可能性もあります。さらに、腸の炎症を予防または改善する効果も期待されています。
心臓の健康について
犬にとって比較的一般的な心臓病である粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)に対し、MCT(中鎖脂肪酸)がその治療に役立つ可能性があるとされています。
2012年の研究では、MCTを含む食事を与えた犬で心臓の拡大が抑えられ、血圧が下がったことが示されました。また、MCTが代謝を改善し、炎症や酸化ストレスを減らすことが示されており、これらが心臓の負担を軽減するのに役立つとされています。
さらに、MCTを含む食事は、心臓病の発症を遅らせる可能性があり、エネルギー代謝をサポートことも分かっています。また、うっ血性心不全を持つ犬を対象とした研究でも、MCTが脂肪の代謝に良い影響を与えることが確認されています。
MCTが豊富な食事は、特にミトコンドリア(酸素を使って糖や脂質をエネルギーに変換する器官)の機能が低下している犬にとって有益で、エネルギー代謝を向上させる助けになります。
ただし、MCTの効果を正確に理解するためには、まだいくつかの課題があります。例えば、一部の研究では特定の犬種だけを対象にしていたり、他のサプリメントを使っていたりするため、MCT単独の効果であるかははっきりとは分かっていません。
また、膵臓に問題のある犬においては、MCTを含む食事が血中のコレステロールやビタミンのレベルを上げることが分かっていますが、コレステロールの増加が心臓にどのように影響するかはまだ完全には理解されていません。
その他の効果|筋肉、肥満、栄養
DMVD(僧帽弁閉鎖不全症)に苦しむ犬にとって、MCT(中鎖脂肪酸)は筋肉サポート、または改善する可能性があります。この効果は、筋肉機能に関係する遺伝子が変化することに起因していると考えられています。
また、肥満の問題にも関係しています。MCTは心臓が脂肪酸を上手に利用できるように助け、エネルギーを作る過程で必要な物質(クエン酸回路)を増やしたり、ケトンを多く作ることで、長鎖脂肪酸よりも効率よくエネルギーを供給できることが示されています。
さらに、ある研究では、MCTを食事全体の最大11%まで含んだドッグフードを与えた際でも、犬の食事の嗜好性やコレステロール、タンパク質の消化、ミネラルの吸収に大きな影響を与えないことがわかりました。これは、MCTをドッグフードに加えても、犬の健康に必要な要素に悪影響を与えないことを示しています。
猫におけるMCTの効果と可能性
猫におけるMCT(中鎖脂肪酸)の効果についてはまだ検証が少ないですが、いくつかの興味深い結果も得られています。ある研究では、MCTを猫の食事に加えても、フードを拒否することなく、脂肪の代謝にも悪影響を与えなかったことが示されました。
これにより、MCTが健康な猫や代謝に問題がある猫にも良い影響を与える可能性があると示唆されています。ただし、別の研究では、猫がMCTを増やした食事に消極的であったという結果も出ており、猫に対するMCTの影響についての意見が一致していないため、MCTが猫の認知機能にどう影響するかはまだ分かっていません。
一方、MCTは犬のてんかんに効果があることが知られていたり、加齢による認知機能の改善にも役立つ可能性があるとされています。また、心臓にも良い影響を与えると考えられており、心血管疾患の改善に役立つ可能性があるとされています。
この分野の研究は特に進んでおり、MCTは犬だけでなく猫にも様々な利益をもたらす可能性があると期待されていますが、今後のさらなる研究が必要です。