ペットフードのパッケージに表示されるカロリー(エネルギー)情報は、ペットの適切な給与量を決める上で極めて重要です。過不足のない給餌は犬猫の健康維持に直結するため、各国の基準でもカロリー表示の義務化が進んでいます。
例えば、米国ではAAFCO(米国飼料検査官協会)のモデル規則改正により全てのドッグフード・キャットフードにカロリー含有量(エネルギー値)の表示が義務化されています。適正なカロリー表示は肥満予防や栄養管理のみならず、異なるフード間の比較検討や、新製品の開発・マーケティングにも欠かせません。
ペットフードのエネルギー計算式(カロリー計算式)は、製品のエネルギー密度を推定しラベル表示値や給与量設計に用いられる重要なツールです。その理解は開発担当者にとって必須であり、計算式の選択や使い分け次第で、犬猫への栄養供給バランスや給与量の精度に大きな差が生じます。
本記事では、ペットフード業界の開発担当者を主な読者対象として、エネルギー計算式に関する包括的な解説を行います。特にメイン指標であるME(Metabolizable Energy、代謝可能エネルギー)に焦点を当て、その定義と算出方法、代表的な計算モデルの比較、そして実務での活用ポイントについて詳しく説明します。
カロリー計算式の全体像
まず、ペットフードのエネルギーに関する基本的な概念を整理しましょう。一般的にエネルギー値は以下の3段階で考えられています。
ペットフードのエネルギー表示や給与設計では、上記のうち「ME」が主に使われます。犬猫にとって実際に利用できるエネルギーを表すため、栄養学的にも実務的にもMEが適切な指標だからです。
一方、GEやDEは研究や原料比較などで参考にされることはありますが、ペットフードのラベルにGE/DEが記載されることは基本的にありません。例えば、AAFCOの規定でも、エネルギー表示は「代謝可能エネルギー(ME)」で統一されており、計算推定値であればその旨を記載する決まりになっています。
カロリー計算式(ME)の種類
ペットフード業界で用いられてきた代謝可能エネルギー(ME)の計算式にはさまざまな種類があります。それぞれ算出方法や精度、適用範囲が異なり、一長一短があります。ここでは主要なものを取り上げ、その概要を説明します。
General Atwater 計算式
本来はヒトの食品向けに開発されたエネルギー換算係数で、可消化なタンパク質・脂肪・炭水化物1gあたりそれぞれタンパク質約kcal、脂肪9kcal、炭水化物4kcalとするものです。
この「4-9-4」の係数(Atwaterの生理的燃料価)はヒトの消化吸収率を前提としており、ペットフードにそのまま適用すると実態より高めのエネルギー値が算出されがちです。
消化率の低いペットフードではGEに近い値となり大幅な過大評価になり得るため、現在の業界ではGeneral Atwater式がそのまま使われることは少なく、次項のModified Atwater式へと発展していきました。
Modified Atwater 計算式
ペットフードの実測データを基に1980年代に提唱された計算法で、General Atwaterよりも低めの係数を用いるのが特徴です。具体的にはタンパク質と炭水化物を3.5kcal/g、脂肪を8.5kcal/gとし、組成分析値に乗じてエネルギーを算出します。
計算式の例を示すと、 ME (kcal/kg)
は以下のようになります。(%はフード中の重量百分率、NFEは炭水化物を示し、水分・灰分・粗繊維を除いた差し引きで算出。)
[3.5 × (%粗タンパク質) + 8.5 × (%粗脂肪) + 3.5 × (%炭水化物 [NFE])] × 10
上式に当てはめれば、たとえば粗タンパク24%、粗脂肪15%、炭水化物(NFE)45%のフードではME約3,690kcal/kgとなります。Modified Atwater式はAAFCOでも公式に採用されており、ラベル表示用のエネルギー値は実測試験が無い場合、この計算で求めることが認められています。
平均的な市販ペットフードの消化率を踏まえた経験則的手法であり、非常にシンプルかつ便利ですが、後述するように消化性の高低によっては過小・過大推定の偏りが生じる点に注意が必要です。
NRC 2006 計算式
NRC(米国研究評議会)の「イヌとネコの栄養要求量(2006)」では、Modified Atwaterより精度良くMEを予測するために4段階の計算法が提案されています。これは粗繊維含有量によって消化率を補正し、犬と猫で異なる尿中エネルギー補正を行うのが特徴です。手順を簡略化すると以下の通りです。
上記の4ステップ法は、粗繊維量データに基づく手法(粗繊維ベース、CF)ですが、もし総食物繊維(総食物繊維ベース、TDF)量のデータが得られる場合には、それを用いた別の式(TDF)もNRCでは提示されています。TDFでは粗繊維よりも正確に総繊維量を反映できるため、後述するようにさらに予測精度が向上します。
Hall 計算式
さらに精度の高い予測式を求めて、近年では多変量回帰モデルも提案されています。代表例がHall氏ら(2013年)の研究で、558件に及ぶ犬猫の給与試験データを解析し、新たなME推定式を開発しました。
Hall計算式の特徴は、組成成分だけでなくGEそのもの(測定値)を説明変数に組み込んでいる点です。例えば犬用のHall式は以下のような形になります。
ME (kcal/kg) =
575 + 0.816 × GE(kcal/kg) +
12.08 × 粗脂肪(%) –
52.76 × 粗繊維(%) –
20.61 × 粗タンパク質(%) –
6.07 × 水分(%)
一見して複雑ですが、実測GEに脂肪・繊維・タンパク質・水分含量を加味することで、多様な組成のフードに対しても高い精度でMEを予測できるように作られています。
研究の結果、このHall計算式を用いることで測定MEとの乖離を平均0.01%以内にまで縮めることが可能だったと報告されています。もっとも、非常に多くの項を含む回帰式のため直感的な理解や手計算は難しく、実務で即採用というよりは学術的な提案段階です。
後述する最新研究では、精度面でNRC 2006版TDF式と同等程度という評価もなされており、現状では精度と実用性のバランスを見極めて活用が検討されている段階と言えるでしょう。
実測による方法
上記はいずれも化学分析値などから推定計算でMEを求める方法でしたが、直接にMEを測定する方法もあります。AAFCOが定める餌料試験プロトコルに従って動物に実際にフードを給与し、摂取エネルギーと排泄エネルギー差からMEを求める方法で、いわばゴールドスタンダード(真値)となる手法です。
具体的には一定期間フードを給与し、糞や尿として排出されたエネルギー量を分析(ボンブ熱量計で糞尿のGEを測定)して、GE-糞中GE=DE、DE-尿中GE=MEを算出します。
尿の収集を省略してDEだけ測定し、そこから尿中エネルギーを推定補正してMEを算出する簡易法もあります(例えばNRCの推奨では消化タンパク質1gあたり1.25kcal(犬)ないし0.9kcal(猫)を尿損失として引く方法)。
実測法は精度抜群ですが手間とコストが非常に大きいため、全ての製品で実施するのは非現実的です。そこで通常は上記の計算式でMEを求め、特殊なダイエットフードなど高精度が要求される場合や、新規原料の評価時などに限定して実測試験が行われます。
メインとなるME計算の仕組み
前章で触れた通り、ペットフードのエネルギーは最終的にME(代謝可能エネルギー)として表されます。ここでは、「GE → DE → ME」へと段階的にエネルギー量を絞り込んでいくME計算の基本原理を整理します。
- エネルギー源成分の把握
NFE(炭水化物)= 100 – (粗タンパク + 粗脂肪 + 粗繊維 + 水分 + 灰分)
まずフード中のタンパク質、脂肪、炭水化物の含有量を押さえます。炭水化物は通常直接分析されないため、上記のように差し引き計算します。このように主要三大栄養素の含有量(g/100g中)を求めることが出発点です。
- 総エネルギー(GE)の算出
NRC方式の場合(◎)
タンパク質 = 5.7kcal/g、脂肪=9.4kcal/g、炭水化物 + 粗繊維= 4.1kcal/g
次に、各栄養素が有する燃焼エネルギー値を乗じてGEを計算します。GEはフード1gあたり何kcalのエネルギーを潜在的に含むかを表す値です。
- 消化できるエネルギーの推定(DE)
犬:消化率(%) ≒ 91.2 – 1.43 × 粗繊維%(DM)
猫:消化率(%) ≒ 87.9 – 0.88 × 粗繊維%(DM)GEのうち、実際に消化吸収される割合(消化率)を推定します。ペットフードでは、この消化率を上記のように繊維含量から補正推定するのが一般的です。
粗繊維が多いほど消化されずに排出されるエネルギーが増えると見積もります。こうして得た消化率(%)をGEに掛け合わせると、そのフードの可消化エネルギー量(DE)が計算できます。
- 生体が利用できるエネルギーの算出(ME)
犬:ME = DE – (1.04×%粗タンパク質)
猫:ME = DE – (0.77×%粗タンパク質)最後に、DEからさらに尿中に排泄されるエネルギーを差し引いてMEを求めます。犬と猫ではタンパク質代謝の違いから尿中損失エネルギーに差があり、犬ではおおよそタンパク質1gあたり1.0kcal程度、猫では0.8kcal程度を控除する式が使われています。具体的には上記の計算式になります。
これにより、尿中に含まれる尿素などに由来するエネルギー損失分を補正し、組織で実際に利用可能なエネルギー量が求まります。
以上がME計算の基本ステップです。まとめると、フードの組成データから始めて、燃焼熱量 → 消化される割合 → 代謝利用される割合と順に差し引くことで、最終的な代謝可能エネルギーを算出しています。
計算過程で考慮される主な要素は「粗繊維量による消化率低下」と「タンパク質量による尿中損失」であり、特に粗繊維とタンパク質がキーとなる変数です。
犬より猫の方が全般的に消化率が低めで尿中損失は少なめと見積もられており(=猫は繊維の影響は小さいがタンパク利用効率はやや高い)、これらはそれぞれ犬猫の消化生理の違いを反映しています。
ME計算式の具体例と比較
ここでは、前章で紹介した各種エネルギー計算式について、具体例や特徴を比較しながら解説します。それぞれの式がどんな場合に適しているか、またどの程度の精度を期待できるかを理解することが目的です。
Modified Atwater 計算式の例
改めて、Modified Atwater式によるエネルギー計算の具体例を示します。以下に想定するドライフードの組成は粗タンパク質30%、粗脂肪15%、粗繊維5%、水分10%、灰分5%(残りNFE=40%)とします。このフードのMEをModified Atwaterで求めると以下のようになります。
- 粗タンパク質30% ⇒ 30 × 3.5 = 105 kcal/100g
- 粗脂肪15% ⇒ 15 × 8.5 = 127.5 kcal/100g
- NFE 40%(糖質)⇒ 40 × 3.5 = 140 kcal/100g
- 合計ME = 372.5 kcal/100g{3,725 kcal/kg(ME)}
実際には%値が整数ではないので計算途中で四捨五入しますが、概算としてこのような手順です。Modified Atwater式は係数を掛けて足し合わせるだけというシンプルさが最大の利点で、迅速にカロリー推定できるため広く使われています。
しかし、シンプルさゆえの限界もあります。Atwater係数自体が多数のフードの平均的な消化率を前提に設定された経験値であるため、一般的なフードでは精度良く当たっても、極端な高消化性フードや低消化性フードでは系統的なズレが生じます。
例えば高消化性(高肉質で低繊維)のフードでは、Modified Atwater値は実際のMEより低めに出がち(過小評価)で、逆に低消化性(高繊維含量など)のフードでは高めに出がち(過大評価)であることが知られています。
実際、1980年代にこの式を提唱した研究者自身も「消化性の非常に高いフードでは過少推定、繊維の多いダイエットフードでは過大推定となる傾向がある」と指摘しています。
とはいえ全体的な相関精度は良好で、犬フードで平均誤差0.16%、猫フードで1~2%程度との大規模検証報告もあります。要するに大きな偏りなく当てられる便利な近似式ではあるものの、特殊な組成の製品では注意が必要、という位置付けです。
NRC 2006 計算式の例
NRCが提唱する4ステップ法では、前述のとおり粗繊維%による補正がポイントです。先ほどの例{粗タンパク質30%、粗脂肪15%、粗繊維5%、水分10%、灰分5%(残りNFE=40%)}でNRC式を適用してみましょう。
総エネルギー(GE)
- 粗タンパク 30% ⇒ 30 × 5.7 = 171 kcal/100g
- 粗脂肪 15% ⇒ 15 × 9.4 = 141 kcal/100g
- NFE+粗繊維 45% ⇒ 45 × 4.1 = 184.5 kcal/100g
- 合計GE = 496 kcal/100g。
消化できるエネルギーの推定(DE)
つづいて犬用の消化率を計算します。
粗繊維5%(※DM換算で約5.6%:5/(100-水分10%)×100)の犬フードの場合、
- 消化率 ≒ 91.2 – 1.43 × 5.6 = 91.2 – 8.0 = 約83.2%
この消化率をGEに掛けるとDE ≒ 496 × 0.832 = 413 kcal/100g。
生体が利用できるエネルギーの算出(ME)
- 尿中損失補正:1.04×30(%CP)= 31.2 kcal
- ME = 413 kcal – 31.2 kcal = 約382kcal/100g
さらに尿中損失補正として31.2 kcalを差し引くと、ME ≒ 382 kcal/100g、すなわちME3,820 kcal/kgとなります。
先のModified Atwater推定(3,725 kcal/kg)より若干高い値になりました。これは、今回の例では繊維量がそれほど多くなく高タンパクでもあるため、NRC式の方が「消化率高め・尿損失多め」と評価した結果、MEがやや上振れしたためです。
高繊維のドライドッグフードの場合
では繊維たっぷりのダイエットフードではどうでしょう。同じ計算を、粗繊維10%(DMで約11%)・粗タンパク25%・粗脂肪10%・水分10%(NFE残り40%)のケースで比較すると以下のようになります。
Modified Atwater
ME ≒ (25×3.5 + 10×8.5 + 40×3.5)×10 = 3,125 kcal/kg
NRC 2006 (犬用CF式)
GE = (25×5.7 + 10×9.4 + 50×4.1) = 441.5 kcal/100g
消化率 = 91.2 – 1.43×11 = 91.2 – 15.73 = 75.31%(かなり低下)
DE = 441.5 × 0.7531 = 332.5 kcal/100g
ME = 332.5 – (1.04×25) = 332.5 – 26 = 306.5 kcal/100g ⇒ 3,065 kcal/kg
この結果、Modified Atwater:3,125 kcal/kg、NRC:3,065 kcal/kgと先ほどより近しい値(差60)になりました。一見同等に見えますが、内訳を見るとModified Atwaterは係数に粗繊維の影響を織り込んでいないのに対し、NRC式は粗繊維11%による消化率低下をしっかり反映しています。
今回のケースでは両者の推定MEが近しくなりましたが、例えばもっと繊維が多い場合や、繊維の消化性(後述の可発酵性)が異なる場合にはNRC式の方が実測に近い値を与えると期待できます。
NRC 2006式にはCF版(粗繊維ベース)とTDF版(総食物繊維ベース)があることを前述しましたが、一般にTDF版の方が精度が高いとされています。
実際、最近の研究でも粗繊維ではなくTDFを使ったNRC推定式(NRC 2006_tdf)が最も実測値との誤差が小さく、特にGEの実測値を用いると精度が向上したと報告されています。
もっともTDF版を使うには総繊維含有量データを持っている必要があります。この点については「繊維と計算精度」の章で補足します。
Hall式の計算例
Hall式は前節で述べたように多変量回帰モデルであり、単純な手計算には向きません。しかし、どの程度の精度向上が見込めるのかを把握するために、研究結果を簡単に紹介します。
Hallらの検証では、558例の給与試験データに対しModified Atwater式、NRC 2006式(粗繊維版・TDF版)、Hall回帰式でそれぞれMEを予測し、実測値とのズレを比較しています。
その結果、Modified Atwater式は平均誤差が犬で±5 kcal/kg(0.16%)、猫でやや大きいものの全体として高い相関性を示しました。NRC 2006式も同程度の相関でしたが、Hall式はGE測定値を用いることで、平均誤差はほぼゼロ、実測との一致度はほぼ100%(r²≈0.99)の高精度を実現しました。
一方でModified Atwater式には、高繊維食で系統的誤差(過大推定)、高消化性食で過小推定の傾向が統計的に確認されており、やはり極端な組成では限界があることが示唆されています。
総合すると、Hall式などの回帰モデルは大量のデータに基づき精度を高めた最新式ですが、その複雑さゆえに業界標準として普及するにはハードルがあります。
ただ、すでに欧州の業界団体(FEDIAF)はNRCの4ステップ式を基にEU標準規格を制定しており、精度重視の流れが進んでいるのも事実です。次章では、この繊維量と計算精度の関係に焦点を当て、なぜTDF版の方が望ましいのか、高繊維食では何に注意すべきかを解説します。
繊維と計算精度の関係
繊維(fiber)はペットフードのエネルギー計算精度に大きく影響する要因です。繊維は消化されにくいためエネルギー寄与が低く、含有量が多いとMEが下がる傾向にあります。しかし一口に繊維と言っても、分析方法や種類によって評価値が異なる点に注意が必要です。
粗繊維と総食物繊維の違い
ペットフードの保証成分表に表示される「粗繊維」(% Crude Fiber、CF)とは、化学分析上主に不溶性繊維(セルロースやリグニンの一部など)だけを抽出・測定した値です。粗繊維分析では水に溶ける可溶性繊維(ペクチン、ガム質、イヌリン等)はほとんど計上されません。
そのため粗繊維値はフード中の繊維量を過少に見積もる傾向があり、特に可溶性繊維を多く含む食品では「粗繊維5%」でも実際の総繊維は倍以上あるといったケースも起こり得ます。
一方、総食物繊維(Total Dietary Fiber、TDF)はヒト食品で用いられる測定法で、可溶性繊維と不溶性繊維の両方を含めた総繊維量を測定します。TDF分析は手間とコストがかかるためペットフード業界では義務付けられておらず、多くの市販フードではTDF値は公表されていません。
しかし、TDFはフード中の実際の全繊維量を正確に把握できるため、エネルギー予測式に用いる変数として粗繊維より優秀です。前述のNRC 2006式(TDF版)が高精度と評価されるのもこのためで、粗繊維値だけでは見逃されていた可溶性繊維由来の効果を反映できる点が大きいのです。
高繊維食での注意点
減量用フードなど繊維含量の高い製品では、上述の「粗繊維値の限界」を踏まえてエネルギー計算を行う必要があります。例えば、粗繊維指標のみを頼りにModified Atwater式でMEを計算すると、可溶性繊維が多いフードではエネルギーを過小評価するリスクがあります。
可溶性繊維の多くは発酵されて短鎖脂肪酸として一部がエネルギー源となるため、粗繊維分析でゼロカウントだった分にも実は利用可能エネルギーが含まれているからです。このように高繊維・高発酵性繊維食では計算式がMEを実際より低く見積もってしまう可能性があります。
逆に、粗繊維含量だけ高い(不溶性繊維中心)フードではModified Atwater式はエネルギー過大評価に陥りがちです。粗繊維=5%程度であれば前述のようにそこまで問題になりませんが、10%を超えるようなケースではAtwater係数では消化率低下を補正しきれず、本来もっと低いはずのMEを高めに算出してしまう恐れがあります。
実際FEDIAFも「犬用フードで粗繊維がDM比8%以上かつ繊維の可発酵性が高い場合、(粗繊維ベースの)予測式はエネルギー密度を過小評価する可能性がある」と注意喚起しています。言い換えれば、高繊維フードでは粗繊維値だけでは繊維の質量ともに把握できないため、計算による推定誤差が大きくなるということです。
開発担当者に求められるのは、自社製品の繊維組成を踏まえた計算式の使い分けです。高繊維のダイエットフードを設計する際は、可能であればTDFを測定してNRC式に当てはめるか、最低でも粗繊維値から得られる消化率推定を保守的に見積もるなどして、実際のMEに近い値を導き出す工夫が必要です。
また、繊維の種類(不溶性 vs 可溶性、発酵性の度合い)によってもエネルギー寄与は変わるため、可能なら繊維源ごとの特性も考慮すると良いでしょう。繊維はフード設計上、便通改善や満腹感付与など機能面のメリットがある一方、エネルギー計算を難しくする要因でもあるのです。
実務での使い分けガイド
以上を踏まえ、ペットフード開発の現場でエネルギー計算式をどのように使い分け、活用するべきかについて整理します。米国と欧州の基準の違い、フード形態ごとのポイント、ラベル表示と給与設計での留意事項など、実務的な観点からガイドラインを示します。
米国(AAFCO)の基準
米国ではペットフードのエネルギー(カロリー)表示が義務化されており、AAFCO公認の2通りの方法でMEを算出・表示できます。1つはModified Atwater式による計算で、もう1つは給餌試験(実測)による測定です。
大半のメーカーは迅速かつ低コストな計算方法を採用しており、AAFCO係数(3.5/8.5/3.5)で推定したME値をラベルに記載します。もっともAAFCOもその限界は認識しており、高繊維食など一部製品では計算値と実測値が乖離し得ることを注意喚起しています。
開発者としては製品設計時にModified Atwaterで計算しつつ、極端な組成の場合は安全マージンを考慮することが求められます。例えば、ダイエットフードでは計算上のMEより低めのエネルギー設計を目指したり、必要に応じて試作段階で実測試験を行うなどの対策が考えられます。
欧州(FEDIAF)の基準
欧州では業界団体であるFEDIAFがNRC 2006の4ステップ法に準拠したエネルギー計算法を推奨しており、2017年には欧州規格EN 16967:2017として犬猫用フードのME予測方程式が制定されています。
この規格では基本的にNRC式(CF版)を使うことが定められており、高繊維フードに関する補足注意も含まれています。従って欧州向け製品の開発では、FEDIAFガイドラインに従って計算することが前提となります。
実務上は、社内で分析した粗繊維値を基にNRC式でMEを算出し、それをパッケージ表示や給与量設計に用いる流れになります(欧州では米国のような給餌試験表示の文化は強くなく、計算値表示が主流です)。またFEDIAFガイドラインでは、フードの種類(ドライ/ウェット)を問わずこの計算式を適用するとしています。
ドライ&ウェットの使い分け
基本的に前述の計算式は乾燥フード(kibble)でもウェットフード(缶やパウチ)でも原理は同じです。ただし、実務上いくつか留意点があります。まずウェットフードは含水率が高くエネルギー密度が低いため、保証成分値の絶対誤差がME計算に与える影響がドライに比べ大きくなります。
特に缶詰では粗タンパク質や粗脂肪が「最低値保証」、粗繊維が「最大値保証」で表示されることが多く、ラベル記載値をそのまま用いて計算するとかなり不正確になります。開発担当者は必ず実測の平均組成値(typical value)を用いて計算し、必要であれば乾物基準に換算してからエネルギー計算することが重要です。
またウェットフードの場合、Modified Atwater式とNRC式の精度差はそれほど大きくないとも言われます。高水分で可溶性繊維源(増粘安定剤としてのガム質など)の影響が相対的に小さいことや、ドライほど栄養組成に幅がないことが一因と考えられます。
それでも、特別療法食など繊維強化されたウェット製品ではやはり計算誤差が生じ得るため、製品特性に応じて計算法を選択する姿勢はドライ同様に重要です。
ラベル表示と給与量設計
エネルギー計算式を実務活用する場面として、製品ラベルへの表示と給与量(給餌量)設計が挙げられます。ラベルに関しては、AAFCO基準では「Calorie Content」の項目でME(kcal/kg)および一般的な単位(例: 1カップ当たり◯kcal)の両方を表示するよう求められています。
計算で得られたMEをそのままkg当たりで記載し、併せて例えば1粒○gなので1カップ(約○g)で△kcal、といった表示を行います。このとき計算式の種類(算出法)は併記が推奨され、計算の場合は「(計算による推定値)」旨を記載するのが一般的です。
給与量設計では、まず対象ペットの1日の必要エネルギー量(DER)を算出し、それを製品のMEで割ることで給与量(g/day)を決定します。したがって製品のME値が過大・過小であると給与量設計も狂ってしまいます。
特に「ライト(Light)」や「低カロリー」といった肥満管理フードでは法的に最大エネルギー密度が定められており(AAFCOの規定では成犬用ライトフードはME≦3100kcal/kg程度など)、開発時には計算式を駆使して基準内に収めつつ嗜好性や栄養バランスを両立させる必要があります。以上のように、エネルギー計算式の理解と活用は正確な表示と適切な給与設計の両面で重要です。
まとめ:カロリー計算は製品設計の根幹
ペットフードのカロリー計算式について、基礎概念から代表的な方式の違い、計算手順、そして実務上のポイントまで解説しました。開発担当者にとって、これら計算式の理解がもたらすメリットは計り知れません。
正確なエネルギー計算は、ペットの健康を守る製品設計の根幹です。計算式を使いこなすことで、狙ったエネルギー密度に製品を調整し、栄養バランスを崩すことなく目的(例えば減量用・子犬用・高齢猫用など)に合致したフードを開発できます。
また製造段階でも、原材料のばらつきやロット間差異に応じてエネルギー値をモニターし、必要ならレシピを補正するといった品質管理が可能になります。
さらにマーケティング面でも、エネルギー計算に基づく定量的な裏付けがあれば「低カロリー設計」「高エネルギー栄養食」といった訴求を確かなものとし、消費者や専門家からの信頼を得られるでしょう。
最後に強調したいのは、計算式はあくまでツールであり、適切に使い分けることが肝心という点です。万能の方程式は存在せず、製品の性質や求める精度に応じて最適な手法を選択することが重要です。
開発担当者は科学的エビデンス(AAFCOやNRC、FEDIAFの情報)に常にアンテナを張り、アップデートされる知見を製品に反映させていく必要があります。エネルギー計算式への深い理解と実務応用力こそが、ペットフード開発のプロフェッショナリズムを支える柱と言えるでしょう。