ペットフードの鮮度や栄養保持には、脂質やビタミンの酸化を防ぐ酸化防止剤(抗酸化剤)の添加が不可欠です。これらは酸化連鎖反応の進行を抑えることで、品質劣化や変敗を防ぎます。
主に「合成酸化防止剤」と「天然酸化防止剤」が用いられ、いずれも脂質に作用して過酸化物ラジカルに水素を供与し、酸化反応を止める役割を持ちます。
本記事では主要な酸化防止剤の種類・特徴をまとめ、安全基準と消費者誤解についても触れていきます。
合成酸化防止剤の種類と特徴
BHA:ブチルヒドロキシアニソール
フェノール系抗酸化剤で、油脂やビタミンAなどの酸化を抑制します。脂溶性で高い熱安定性をもち、焼成食品や揚げ物の酸化防止にも使用されます。コストが低く酸化抑制効果が高い反面、動物実験で胃や膀胱の腫瘍が観察され、発がん性が指摘されています。
とはいえFDAは食品の脂肪分に対し0.02%以下(約200ppm:200mg/kg)であれば、一般的に安全と認めています。ペットフードでは許容濃度(日本ではBHA・エトキシキン・BHT合計150ppm以内)を遵守することで安全性が担保されます。
BHT:ジブチルヒドロキシトルエン
これもフェノール系抗酸化剤で、BHAと同様に酸化反応を引き起こすフリーラジカルを捕捉して無害化します。BHAとほぼ同等の熱安定性をもち、高温処理でも酸化抑制効果を維持します。
EFSA(欧州食品安全機関)は、BHTをペットを含む動物用飼料中で150mg/kg(150 ppm)までの使用は安全と評価しています。この濃度では動物体内で速やかに代謝・排泄され、蓄積の懸念はありません。
ただし、一部の長期動物試験では肝酵素の変動や軽度の肝組織変化が報告されており、高用量での影響は完全に解明されていません。そのため、法定上限内での使用と品質管理による濃度確認が重要とされています。
エトキシキン:Ethoxyquin
農薬としても用いられる有機窒素系抗酸化剤で、特にビタミンAやE、カロテノイドなどの酸化防止に効果的です。魚粉など油脂の自然発火防止にも利用され、強力な酸化抑制力を持つため配合量は非常に少量(人向け:日本ではADI=0.0083 mg/kg 体重/日)です。
一方で、染色体異常試験で陽性例、ラットの慢性毒性試験で膀胱の過形成・腫瘍の兆候が報告されるなど、発がん性や遺伝毒性の懸念があるとされています。こうした危険性を踏まえ、日本ではペットフード法でBHA・BHTとともに合計150ppm以内(犬:エトキシキン75ppm以内、猫:エトキシキン150ppm以内)と規定されています。
天然酸化防止剤の種類と特徴
ミックストコフェロール(ビタミンE)
植物油から得られる天然の脂溶性抗酸化剤で、α・β・γ(ガンマ)・δ(デルタ)の各異性体を含みます。フリーラジカルに水素を提供して酸化連鎖を止める作用があり、ペットフードではビタミンE補給の意味も兼ねて広く使用されます。γ・δ型に強い抗酸化力があります。
天然成分ゆえ消費者安心感が高く、安全性も極めて高いとされています。一方で耐熱性は合成品に劣り、押出し加工など高温処理で分解・ロスしやすいのが欠点です。また、コストが高く、合成品に比べて同等の効果を得るには、高濃度配合が必要になる場合があります。
ローズマリー抽出物
カルノシン酸やカルノソールを主成分とするハーブ由来の抗酸化剤で、油脂の酸化抑制に優れます。天然由来で「天然×」等のマーケティングに利用されることも多いですが、独特の香り・風味があるためペットフードへの配合濃度には注意が必要です。また揮発性成分が多く熱に弱いため、加熱処理や長期保存では効果が低下しやすいという限界があります。
アスコルビン酸(ビタミンC)
水溶性または脂溶性のビタミンC誘導体で、ペットフード中の酸化防止剤として用いられることがあります。ほかにグルタチオンやセレンなど、体内抗酸化系を助ける添加もありますが、主要な添加抗酸化剤は上記のものです。
酸化防止剤の安全基準・規制
酸化防止剤 | 日本 | 米国 | 欧州 |
---|---|---|---|
BHA(合成) | 合計 150ppm以下 (BHA・BHT・エトキシキン) | 脂肪分の0.02%以下 (約200ppm) | 150mg/kg |
BHT(合成) | 合計 150ppm以下 (BHA・BHT・エトキシキン) | 脂肪分の0.02%以下 (約200ppm) | 150mg/kg |
エトキシキン(合成) | 犬:75ppm以下 猫:150ppm以下 (合計 150ppm以下) | 最大150ppm | 使用不可 |
ミックストコフェロール | 使用制限なし (成分規格・製造基準あり。) | 使用制限なし GRAS認定 ※安全基準合格証 | 使用制限なし (E306として認可) |
ローズマリー抽出物 | 使用制限なし (製造基準あり) | 使用制限なし GRAS認定 ※安全基準合格証 | ほぼ使用制限なし (E392として認可) |
ペットフードに使用する添加物は各国で安全基準が定められています。日本では「愛玩動物用飼料の安全性の確保に関する法律(ペットフード安全法)」により、成分規格が示され、例えば、BHA・BHT・エトキシキンの合計使用量が150ppm以下(犬用:エトキシキン75ppm以下)と規定されています。
これら基準を超えると製造・輸入・販売が禁止されます。米国AAFCO(FDA規制)でも、エトキシキンは飼料中最高150ppm、BHA・BHTは飼料中の脂肪分の0.02%以下(約200ppm)などの上限が設けられています。
欧州(FEDIAF)でも同様にEFSAが安全評価を行い、例えばBHA・BHTは150mg/kg(150ppm)、エトキシキンは使用不可と判断しています。EU規則により許可された添加剤しか使用できず、各地の基準内で使用することが義務づけられています。
FEDIAFによれば、「天然・合成いずれの保存料・抗酸化剤もEU法規制の許容範囲内で使用され、製品の劣化や酸敗を防ぎ長期保存を可能にしている」とされています。
合成酸化防止剤への懸念と科学的評価
ペットオーナーの中には「BHA/BHTやエトキシキンは発がん性や毒性を持ち、ペットの健康に悪影響を及ぼす」という声があります。
確かにBHAは動物実験で胃腫瘍や膀胱腫瘍の増加が認められた為、NTP(米国毒性プログラム)により「ヒトへの発癌性が疑われる」物質に分類されています。エトキシキンも長期投与ラットで膀胱の異常を示唆する結果が報告されています。
しかし、これらの実験は極めて高用量を用いたものであり、通常のペットフードに添加される微量で同様のリスクが生じるとは限りません。
実際、専門機関の評価では適切な使用量内では安全性が確認されています。EFSAはBHAを150mg/kgまでなら各動物種で安全とし、体内では速やかに代謝・排泄され蓄積せず、ペットへの影響はないと結論付けました。
同様にBHTも150mg/kg以内の使用であれば安全と評価され、畜肉等に移行する摂取量はADIの1〜3%に過ぎないため消費者リスクはほぼゼロと報告されています。
ただし、エトキシキンについては使用が認められていません。一方、米国FDAではエトキシキンは最大150ppm以内の使用であれば安全と定めてられています。
リスク論から見た評価
ヒトやペットが通常摂取する量は、前述のような動物実験で有害性が示された濃度の数十分の一以下です。FDAなどはBHA/BHTを食品脂肪分の0.02%以内であれば一般的に安全(GRAS)とし、EFSAも「消費者安全に懸念なし」と評価しています。
また、BHA/BHTはいずれも体内で代謝されて尿・糞に排泄され、組織にはほとんど蓄積しないことが分かっています。
エトキシキンも日本では許容摂取量(ADI)が極めて低く設定されていますが、その背景には長期摂取データの安全率を高く見積もった結果であり、実際のペットフード使用濃度はこのADIを更に大きく下回ることが保証されています。
このように科学的評価では「適正量使用下での安全性」が支持されています。
天然酸化防止剤のメリットと限界
天然のメリット
天然酸化防止剤は「天然由来」「ビタミン源」など消費者イメージが良く、最近の健康志向やプレミアム化トレンドに適合します。ミックストコフェロールはビタミンEとしての栄養補強効果もあり、体内の抗酸化をサポートします。
香辛料やハーブ由来の抗酸化物(ローズマリー抽出物など)は強い抗酸化作用を持ち、合成品と組み合わせて相乗効果を狙うことも可能です。天然素材であるため有毒性や環境リスクも低く、国際的にも幅広く安全性が認められています。
天然素材の限界
天然酸化防止剤は一般的に耐久性で合成品に及びません。押出し製造や高温長期保管では分解しやすく、酸化防止効果が弱まる場合があります。たとえば、ビタミンEは熱処理中に減少することが報告されています。
また、天然素材は供給にばらつきがありコストも高くなりがちです。合成酸化剤より効果を得るには配合濃度や組合せを工夫する必要があるケースもあります。
さらに、「天然=安全」と消費者に誤解されがちですが、実はビタミン類の過剰摂取でも毒性が発現することがあります(例:ビタミンAやEの過剰は健康被害を起こし得る)ため、天然品だからと無制限に使えるわけではありません。
消費者の誤解と業界の視点
近年、「無添加」「天然成分」への消費者志向が強まり、合成酸化防止剤を忌避する声も増えています。消費者庁も、消費者が「人工添加物」を悪とみなしすぎる現状を懸念し、『人工』『合成』といった語の使用を見直す検討を行っています。
確かにマーケティング上は「BHA・BHT不使用」がセールスポイントになることも多く、ペットフードメーカーも自然・無添加を強調した製品を投入しています。
大切なのは酸化させない事
しかし業界内では、「必要な抗酸化剤を配合しないと、むしろ品質悪化でペットの健康を害する」という現実的な声もあります。酸化した油脂は異臭や栄養低下を引き起こし、嗜好性も低下するため、適切な酸化防止策が不可欠です。
実際、ココナッツオイルや魚油などを多く含むペットフードでは、酸化防止剤なしでは賞味期限が大幅に短くなることが知られています。ペットフード安全法でも、製品表示に抗酸化剤の種類と使用を明示することが義務付けられており、飼い主が成分表で確認できる仕組みになっています。
また、一部で報告されたペットの発作症状などは、実際にはエトキシキンではなく高度に酸化したオイルが原因だったケースも指摘されています(酸敗した脂の毒性)という報告もあります。つまり、「合成酸化防止剤=悪」という単純化されたイメージには注意が必要です。
科学的には、どの抗酸化剤も適切な量で使えば有益であり、体への負担は極めて小さいとされます。一方で「天然だから安心」という考えも同様に過信してはなりません。業界としては、科学的根拠に基づき、必要に応じて合成・天然を使い分け、栄養価と安全性を両立させることが求められています。