近年、欧米を中心にペットフードの穀物原料として注目されているのが「アマランサス」「ミレット」「キヌア」などの古代穀物です。米食品医薬品局(FDA)によるグレインフリーと心筋症の関連調査を契機に、栄養価が高く、グルテンフリーかつ非遺伝子組換えといった特徴を持つ古代穀物の活用が広がっています。本記事では、これらの古代穀物が持つ機能性や米国市場での活用事例をもとに、日本のペットフード開発における可能性を探ります。
グレインフリーから古代穀物への回帰
近年、古代穀物(一般的に現代的な品種改良を経ていない穀物の総称)がペットフード業界で再注目されています。そのきっかけの一つが、米国FDA(食品医薬品局)による「グレインフリー(穀物不使用)フードとイヌの拡張型心筋症(DCM)の関連性調査」です。
2018年のFDA発表後、DCMとの関連が疑われたエンドウ豆やジャガイモ主体のグレインフリーペットフードから、従来の穀物を見直す動きが広がりました。具体的には、小麦やトウモロコシなど敬遠されがちな穀物ではなく、アマランサス(ヒユ科)、キヌア(キノア)、ミレット(キビ)等の「古代穀物」を配合したフードが “グレインフレンドリー” や “ヘルシーグレイン” として台頭しています。
実際、FDA発表前から古代穀物は一部で人気が出ていましたが、発表後は古代穀物やその他の代替炭水化物の採用が一段と加速したと報告されています。このように海外ではグレインフリー神話を見直し、古代穀物を取り入れる潮流が強まりつつあります。
古代穀物の特徴とペットフードへの利点
古代穀物が注目されるのは、単なるトレンドではなく栄養学的・機能的なメリットがあるためです。その主な利点を以下にまとめてみました。
栄養価・消化性の向上
古代穀物は精製せず全粒のまま利用できるため、食物繊維やビタミン、ミネラルを豊富に含みます。現代の精白穀物では不足しがちな栄養素(ビタミンB群、亜鉛、マグネシウム等)も多く、ペットフードに適度に配合することで栄養強化源となります。
さらにプレバイオティクス効果のある食物繊維を供給し、敏感な消化器を持つ犬でも消化しやすく健康的な便通を促します。
古代穀物を主炭水化物源として40%まで高配合した研究でも、成犬の消化率や便の状態に有害な影響は認められず良好に利用できることが示されています。この研究では嗜好性(パラタビリティ)も良好で、犬たちは古代穀物食を問題なく受け入れていることが分かります。
機能性と健康効果
古代穀物には抗酸化物質や抗炎症物質を含むものが多く、健康維持に役立ちます。例えばキビやモロコシ(ソルガム)などはポリフェノール等の抗酸化成分が豊富で、シニア犬や慢性炎症を抱える犬の炎症軽減に寄与し得ます。
一部の穀物(例:オーツ麦など)は消化吸収が穏やかで血糖値を急上昇させにくく、肥満傾向や糖尿病の犬の食事に有用となる可能性も指摘されています。
実際、前述の研究ではアマランサスやオーツ麦の配合によって腸内発酵産物に有益な変化(酪酸産生の増加)が見られ、オーツ麦は食後血糖値への影響が穏やかであることが示唆されました。
アレルゲン対策
古代穀物の多くはグルテンを含まないか含有量が少なく、また遺伝子組換えでない品種がほとんどです。そのため、グルテンフリー・非遺伝子組換えの原料としてアレルギーに配慮したフードに適しています。
小麦やトウモロコシに比べ歴史的に摂取経験の少ない穀物である分、食物アレルギーの観点でも比較的安全性が高いと考えられます(一般的に新奇炭水化物源としての利用)。
環境・サステナビリティ
古代穀物は品種改良されていない分、農作物として比較的丈夫で環境適応性が高いものが多い点も見逃せません。例えば乾燥や痩せ地に強く、トウモロコシなどと比べ少ない水や肥料でも栽培可能な品種があるため、持続可能な作物として注目されています。
生産性自体は高くないものの、環境負荷低減やフェアトレードによる生産地支援といった観点からも評価されており、ブランドの社会的価値を高める要素にもなりえます。
マーケティング上の付加価値
古代穀物を使用することは製品ラベルの差別化につながります。「グルテンフリー」「非GMO」「高繊維質」「古代穀物使用」といったポジティブな訴求ワードを製品に付与できるため、健康志向やナチュラル志向のペットオーナーの関心を引きやすくなります。
実際に米国市場では古代穀物入りの製品に対し「Healthy Grains(ヘルシーグレイン)」や「Ancient Grains」という魅力的な呼称でプロモーションが行われており、グレインフリーに代わる新たなプレミアム路線として定着しつつあります。
主な古代穀物の種類と特徴
米国でペットフード原料として需要の高まっている代表的な古代穀物について、その特徴を簡単に紹介します。
アマランサス(Amaranth)
ヒユ科の擬似穀物で、南米では数千年前から栽培されてきた歴史があります。アマランサスはタンパク質含有量が高く必須アミノ酸バランスに優れた「完全タンパク質」であり、グルテンを含まないため消化も良好です。
リシンなどモノアミノ酸が豊富で、小麦等の穀物では不足しがちな栄養補給源となります。また動物性タンパクにアレルギーのある犬の代替タンパク源としても有望視されています。前述の研究ではアマランサスの添加が腸内での酪酸産生を増やし、腸の健康にプラスの効果をもたらすことも示唆されました。
キヌア(Quinoa)
南米アンデス原産の擬似穀物で、人間のスーパーフードとしても知られます。キヌアは小麦不使用のドッグフードでよく使われる原料であり、タンパク質含量と各種ビタミンが豊富なため、筋肉の健康維持、代謝促進、脳の機能向上などに寄与するとされています。
グルテンフリーで消化が良く、食物繊維も多いため犬の満腹感持続や体重管理にも役立ちます。穀物の中では高タンパクで必須アミノ酸も含むため、肉食寄りの犬の食事に適度に混ぜることで栄養バランス向上に貢献します。
ミレット(Millet:キビ類)
ミレットとはイネ科キビ属などの雑穀の総称で、白キビ(プロソミレット)やアワ、ヒエ等が含まれます。ミレットはグルテンを含まない穀物で、世界の様々な文化圏で主食とされてきた歴史があります。
抗酸化物質に富みシニア犬の炎症抑制や健康維持に有用とされるほか、食物繊維が腸内環境を整えるのに寄与します。キビ類は小粒で消化吸収が穏やかなためエネルギーの持続供給源としても期待され、穀物アレルギーに配慮したフードにも適した素材です。
その他の古代穀物
上記の他にも、ソルガム(モロコシ)やスペルト小麦、テフ、ファロ(古代小麦の一種)などが古代穀物に分類されます。
ソルガムはモロコシとも呼ばれ、キビと同様にグルテンフリーで抗酸化成分が豊富な穀物です。黒、赤、黄など多彩な品種があり、天然のポリフェノール色素を含むため抗酸化効果が期待できます。
スペルト小麦やカムット小麦は現代の小麦の祖先にあたり、精白しない全粒の状態で利用すればビタミンBや鉄分などの供給源となります。
これら古代穀物は一般的な小麦と比べて低GI(緩やかな血糖値上昇)食品である点も特徴で、愛犬の穏やかなエネルギー供給に役立つ可能性があります。
日本市場における動向と展望
日本ではここ数年、犬の食物アレルギー対策や「犬本来は肉食で穀物消化が苦手」というイメージから、グレインフリー志向が強くみられます。実際、プレミアムフード市場では小麦やトウモロコシなど穀物不使用をうたう製品が主流となってきました。
しかし海外の潮流を受け、日本国内でも徐々に「古代穀物入りフード」で差別化を図る動きが出始めています。例えば欧州発のブランドが展開する「アンセストラルグレイン(祖先穀物)」配合フードが上陸したり、国産プレミアムフードでもタカキビ(モロコシ)やライ麦などグルテンフリー穀物を取り入れた“グレインフレンドリー”な商品が発売されるようになりました。
とはいえ現状では、日本で古代穀物を積極的に配合したペットフードはまだ少数派であり、多くの飼い主にとっても馴染みが薄いのが実情です。
しかし、グレインフリー一辺倒からの揺り戻しは今後日本でも注目すべきトレンドです。古代穀物の活用によって製品の付加価値や差別化が図れるだけでなく、栄養面でも合成添加物に頼らず自然由来のビタミン・ミネラルを強化できる利点があります。
また、「穀物=悪」という誤解を解きつつ、よりバランスの取れたレシピを提案できるため、ペットフード開発担当者にとって古代穀物は次世代の注目原料と言えるでしょう。
まとめ
海外では古代穀物を取り入れたペットフードが健康志向の飼い主から支持され、市場の一角を占めつつあります。その背景には、グレインフリー製品への再考と、古代穀物が持つ栄養上・マーケティング上のメリットが存在します。
日本においても、この潮流を先取りして古代穀物入りのレシピ開発に着手することは差別化戦略の一つとなるでしょう。古代穀物の適切な配合は製品の栄養価と魅力を高め、グレインフリーでは届かなかった層へのアプローチにも繋がります。
ぜひ本記事の情報をご参考に、自社製品への古代穀物の活用をご検討ください。新たなペットフード開発のヒントとして、古代穀物という選択肢が貴社の製品ラインナップに付加価値をもたらすことを期待しています。