ペットフード市場において、製品の成功は栄養価の高さだけでなく、ペットが喜んで食べ続けてくれる「嗜好性」こそが、リピート購入やブランドロイヤルティを構築する上で極めて戦略的な重要性を持っています。この嗜好性を科学的に高めるための核心的要素が「パラタント(Palatant)」です。
パラタントとは、ペットフードやトリーツの嗜好性を向上させ、ペットの食いつきを良くするために添加される成分の総称であり、その起源は動物のタンパク質を酵素で部分的に分解した「ダイジェスト」に遡ります。現代の業界において、パラタントは単なる風味付けに留まらず、製品の競争力を確保するために不可欠な要素となっています。
嗜好性は単一の要因ではなく、「香り」「味」「食感」といった複数の感覚刺激が複雑に絡み合って形成されます。特に、犬にとっては嗅覚が、猫にとってはアミノ酸や核酸(ヌクレオチド)に対する鋭敏な味覚が、食欲を強く惹きつける「旨味シグナル」として機能しています。本解説は、このパラタントの基礎知識から、ドライフードやウェットフードなど製品形態別の具体的な応用技術までを網羅的に解説します。
パラタントの基礎と戦略的重要性
ペットフード市場において、製品の成功は栄養価の高さだけで決まるものではありません。ペット自身が喜んで食べ続けてくれる「嗜好性」こそが、リピート購入を促し、ブランドロイヤルティを構築する上で極めて戦略的な重要性を持ちます。
この嗜好性を科学的に高めるための核心的要素が「パラタント」です。本セクションでは、パラタントの基本概念と、市場をリードする主要メーカーの技術的アプローチを解説します。
パラタントとは何か
パラタント(Palatant)とは、ペットフードやトリーツ、サプリメントの嗜好性(パラタビリティ)を向上させ、ペットの食いつきを良くするために添加される成分の総称です。
その起源は、動物のタンパク質を酵素で部分的に分解した「ダイジェスト(digest)」に遡ります。このダイジェストをフードの表面にコーティングすることで、ペットが好む肉の風味を付与する技術として発展しました。
現代のペットフード業界において、パラタントは単なる風味付けに留まらず、ペットの満足度を左右し、製品の競争力を確保するために不可欠な要素となっています。
パラタントの基本形態
パラタントには、製造プロセスや用途に応じて使い分けられる主に2つのタイプが存在します。
- 液体タイプ
スプレーコーティングに適しており、風味を均一に付着させやすい特徴があります。 - 粉末タイプ
液体と組み合わせて使用されることが多く、風味の持続性や特定のテクスチャを付与するのに役立ちます。
主要なパラタントメーカー
世界のパラタント市場は、それぞれ独自の強みを持つ専門メーカーによって主導されています。
AFB International
天然由来原料で構成された「クリーンラベル」対応の製品群や、健康維持を目的とした「機能性成分配合」のパラタントに注力しています。
「脂肪を使えない処方」向けのソリューションや、「ウェットキャットフード特有の複雑な香り」を強化する技術など、顧客の製造設備やプロセスに最適化した高度な個別開発を得意とします。
AFBは、プレミアム志向や健康訴求といったニッチ市場を狙うブランド、あるいは既存の複雑な製造ラインとの深い技術的統合を必要とするプロジェクトにとって、第一級のパートナーとなります。
Symrise Pet Food
1,100頭以上の犬猫が参加する大規模な嗜好性パネルを保有し、膨大な官能データに基づく客観的な製品開発力が最大の強みです。
風味を段階的に放出する「多層コーティング」や「マイクロカプセル化」といった先進技術に加え、ペットオーナーが好む見た目や香りに配慮した製品や、昆虫・植物由来のサステナブルな選択肢も展開しています。
SPFは、嗜好性の成果に高い確実性を求めるプロジェクトや、ペットオーナーの感性にも訴えかける洗練された多感覚的な製品体験を開発する場合に最適な選択肢です。
Kemin
植物性タンパク質とメイラード反応技術を駆使した植物性パラタント(PALASURANCE Pシリーズ)の開発に特化しています。
これにより、アレルゲンフリーやベジタリアンといった特定の食事コンセプトに対し、従来の肉系パラタントに匹敵する嗜好性ソリューションを提供しています。
Keminは、急成長するアレルギー対応や植物ベースのペットフード市場において、ターゲットを絞ったソリューションを開発するための理想的なテクノロジーパートナーと言えます。
BHJ
新鮮な動物副産物(内臓など)を原料とする高品質な加水分解タンパク質(ダイジェスト)に絶対的な強みを持っています。
チキン、ポーク、フィッシュといった単一の動物種ごとのフレーバー開発に対応可能で、ブランドの要求に応じたカスタム製品を供給します。
BHJは、プレミアムな単一タンパク質製品など、特定の肉種が持つ本物の「素材由来の旨味」を強調したいブランドにとって、最適なサプライヤーです。
嗜好性向上の科学的メカニズム
パラタントがなぜペットの食欲を強く惹きつけるのかを理解するためには、その背後にある科学的メカニズムを知ることが不可欠です。
嗜好性は単一の要因ではなく、「香り」「味」「食感」といった複数の感覚刺激が複雑に絡み合って形成されます。本セクションでは、ペットの嗜好性を左右する主要な科学的要因を分析します。
香り(風味)
犬や猫にとって、香りは嗜好性を決定づける最も主要なポイントです。犬や猫は人間をはるかに凌ぐ嗅覚を持ち、食べ物から立ち上る匂いだけでその魅力を判断します。パラタント開発では、アミノ酸と糖の加熱によって生まれるメイラード反応生成物が、食欲をそそる肉の香ばしいにおいを生み出すために活用されます。
これは、Kemin社が「PALASURANCE Pシリーズ」で得意とする、メイラード反応技術を駆使した領域です。一方で、油脂の酸化によって生じる酸敗臭はペットに強く嫌われるため、パラタントおよび最終製品の品質管理において、酸化防止は極めて重要な課題となります。
アミノ酸
猫はショ糖など典型的な「甘味」を感じる受容体(T1R2)を持ちませんが、一方でアミノ酸やヌクレオチドに対しては非常に鋭敏な味覚を持っています。
舌の味覚細胞のうち「グループII」はアミノ酸や核酸に強く反応し、人間にとっては甘味として知覚される一部のアミノ酸(L-プロリン、L-アラニンなど)も、猫にとっては好ましい味質として機能していると考えられています。
パラタントの主成分である加水分解タンパク質には、こうした遊離アミノ酸や低分子ペプチドが豊富に含まれており、猫や犬にとって魅力的な「旨味シグナル」として働きます。
核酸(ヌクレオチド)
イノシン酸やグアニル酸に代表される核酸(ヌクレオチド)は、それ自体が旨味を持つだけでなく、アミノ酸(特にグルタミン酸)と組み合わさることで旨味を飛躍的に増強する相乗効果を発揮します。
猫の舌には核酸に特に高感度に反応する「グループIII」味覚細胞が存在することが知られており、嗜好性向上において極めて効果的な成分です。酵母抽出物は、この核酸の優れた供給源として広く利用されています。
脂質(動物性油脂など)
脂質はペットフードの嗜好性において、二重の重要な役割を担います。第一に、多くの香り成分を保持し放出する風味としての機能です。
第二に、ドライフードの表面をコーティングすることで、パラタント粉末の付着を助け、口当たりやテクスチャを向上させるコーティング基盤としての機能です。
適切に品質管理された新鮮な動物性油脂は、それ自体が持つ風味と合わせて、嗜好性設計に不可欠な要素となります。
犬と猫の嗜好特性の違い
嗜好性設計においては、対象動物の種特有の性質を理解することが重要です。
- 犬: 主に嗅覚主導で食べ物を評価する傾向が強いです。
- 猫: 嗅覚も重要ですが、旨味(アミノ酸や核酸)に対する味覚が非常に鋭敏です。また、食感にも敏感で、一般的にカリカリとした硬めのテクスチャを好むとされています。
これらの科学的メカニズムを深く理解することは、次のセクションで解説する、各製品形態に合わせた具体的な応用技術を最適化するための鍵となります。
パラタントの具体的応用技術
ペットフードはドライフード、ウェットフード、トリーツなど多岐にわたる形態で提供されており、それぞれの製造プロセスは大きく異なります。
そのため、パラタントの持つ効果を最大限に引き出すには、各製品の特性に合わせた最適な適用方法を選択する必要があります。
ドライフード(キブル)
ドライフード(キブル)は、製造工程で風味成分が揮発しやすいため、パラタントによる嗜好性向上が特に重要となります。
基本戦略:コーティング
エクストルーダーで成形・乾燥されたキブルに対し、製造工程の後半でパラタントを塗布する「コーティング」が主流の技術です。
効果的な多層コーティング技術
単層で塗布するよりも、複数の層を重ねる多層コーティングの方が高い効果を発揮します。
特に、「油脂→液体パラタント→粉末パラタント」の順で塗布する二層(または三層)コートは、油脂を塗布しない一層コートに比べて、嗜好性を有意に向上させることがデータで示されています。
これは、油脂層が粉末パラタントの付着を助け、風味を効果的にキブル表面に保持するためです。
嗜好性を最大化する製造技術
- 段階冷却法(ディファレンシャル・クーリング)
脂肪を塗布したキブルを一度冷却・安定させてから粉末パラタントを塗布する手法です。これにより、温かい脂肪の被膜に粉末が埋没するのを防ぎます。
この技術は特に猫用フードで重要であり、風味豊かな粉末をキブル表面に確実に残すことで、先述した猫の鋭敏なアミノ酸・核酸受容体に直接アピールすることができます。
- 真空コーティング(バキュームコート)
減圧下でのコーティングは、エネルギー密度を高めるために油脂をキブル内部深くまで浸透させる点で優れています。また、真空コートでは脂肪分が内部に浸透し表面残留が少ないため、後から振りかける粉末パラタントが脂肪に埋もれずにキブル表面に留まります。これにより香り成分が犬猫の嗅覚に届きやすくなり、結果として嗜好性が高まります。
- 仕上げ含水率の管理
風味の確保と微生物学的安定性のバランスを取る上で、最終的な水分率の管理は極めて重要な管理点です。一般的に、犬用で約8%、猫用で約6%が最適な目安とされています。
- 粉塵の除去
コーティング工程の前に、キブルから生じた粉塵をふるいにかけて除去することが強く推奨されます。これにより、パラタントが粉塵に無駄に吸着されるのを防ぎ、コーティング効率と最終製品の均一性を大幅に高めることができます。
ウェットフード
ウェットフードは水分含有量が多く、素材由来の風味が強いため、パラタントは風味の補強や特定の風味の調整といった補助的な役割を担います。
熱安定性と外観影響の最小化
ウェットフードは製造工程でレトルト殺菌(120℃近い高温加熱)が行われます。そのため、この過酷な条件下でも風味が損なわれない「熱安定性」がパラタントに求められる最も重要な特性です。また、製品のゼリーや肉片の見た目(色や形状)を変質させない「外観影響の最小化」も不可欠です。
具体的な添加タイミングと手法
- 缶充填前に添加
グレービーやペースト内に事前にパラタントを混ぜ込む方法です。
- 充填後に添加
缶やパウチに製品を充填した後、上澄み液に添加する方法です。この手法は、開封した瞬間に香りが立ち上る効果を狙う場合に有効です。
セミモイスト・トリーツ
トリーツは形状や製法が多様であるため、パラタントの適用方法も製品に応じて「内部添加」と「外部コート」を使い分ける必要があります。
- 内部添加(焼成タイプ)
ビスケットのようにオーブンで焼成する製品では、焼成前の生地にパラタントを練り込みます。この場合、高温でも風味が失われにくい耐熱性のあるパラタントの選定が成功の鍵となります。
- 外部コート(ソフトタイプ)
押出成形などで低温製造されるソフトタイプのトリーツでは、成形後に液体パラタントをスプレーコーティングするのが一般的です。
フリーズドライ
フリーズドライ(凍結乾燥)された肉や魚といった素材は、それ自体が非常に高い嗜好性を持っています。
「ナチュラルパラタント」としての利用
フリーズドライ素材は、水分を抜くことで風味と栄養が凝縮されており、いわば「ナチュラルパラタント」として機能します。その活用方法は主に2つです。
- インクルージョン(混合)
フリーズドライの肉片などを、ドライフードの粒にそのまま混ぜ込む手法です。製品の付加価値と嗜好性を同時に高めます。
- トップコート
フリーズドライ素材を粉末状にし、ドライフードのキブルの最終コーティングとして表面にまぶす手法です。開封時の豊かな香りを演出し、ペットの食欲を強力に刺激します。
FD活用時の注意点
フリーズドライ素材をパラタントとして利用するのは非常に効果的ですが、「コスト高」になりやすい点、そして素材に残った脂肪分が「酸化劣化しやすい」というリスクも伴います。脱酸素剤の封入など、品質を維持するための適切な管理が不可欠です。
製品形態に合わせた最適なパラタントの応用技術を選択することは、最終製品の嗜好性を決定づける重要なプロセスです。次のセクションでは、その核となるパラタント自体の種類と特性について、製法別に掘り下げていきます。
パラタントの製法別特徴と選定
パラタントは、その製造方法によって風味のプロファイル、安定性、そしてコストが大きく異なります。製品開発者が狙う嗜好性の方向性や製造プロセスへの適合性を実現するためには、パラタントがどのような製法で作られているかを理解することが極めて重要です。
酵素加水分解(ダイジェスト)
動物の肉や内臓といった組織を酵素で分解する、最も伝統的かつ一般的な製法です。
- 技術的特徴
タンパク質がアミノ酸やペプチドに低分子化されるため、ペットが強く好む「濃厚な旨味」が生まれます。
- 風味プロファイル
原料由来の肉本来の風味が凝縮された、力強い味わいが特徴です。
- 利点・注意点
嗜好性向上効果が非常に高い反面、熱に弱い製品もあるため、主にドライフードへの後がけコーティングに用いられます。
メイラード反応
アミノ酸と糖を加熱することで化学反応(メイラード反応)を誘発し、新たな風味を生み出す技術です。
- 技術的特徴
加熱調理時に生じる香ばしい香りを人工的に作り出します。
- 風味プロファイル
ローストした肉やグリルした魚のような、「調理した肉らしい香ばしい匂い」が最大の特徴です。
- 利点・注意点
香りのインパクトが強く、熱にも比較的安定しています。酵素ダイジェストと組み合わせて、旨味と香りの両方を強化するためにも使用されます。
発酵由来フレーバー(香料)
酵母などの微生物による発酵プロセスを利用して、旨味成分を生成・濃縮する製法です。
- 技術的特徴
代表的な酵母抽出物は、グルタミン酸や核酸といった旨味成分を豊富に含みます。
- 風味プロファイル
刺激的な香りよりも、風味全体に深みと「まろやかなコク」を与えることに優れています。
- 利点・注意点
クリーンラベルやナチュラル志向の製品に適しており、メインとなる肉系フレーバーの風味を底上げするサポート役として非常に有効です。
戦略的な選定と組み合わせ
これらの製法から生まれるパラタントを戦略的に組み合わせることで、より複雑で魅力的な嗜好性プロファイルを設計することが可能です。
一般的かつ効果的な戦略の一つは、酵素加水分解によるダイジェストを「旨味」の土台として用い、その上にメイラード反応フレーバーを香りの立ち上がりに利用することで、開封時の香りのインパクトを創出するアプローチです。
さらに、少量の発酵由来フレーバーを添加することで、全体の風味プロファイルを丸く整え、他の原料由来のわずかな匂いを調整する効果も期待できます。このように、製品コンセプトやコスト構造に応じて各製法の長所を組み合わせることが、競争力のある製品開発の鍵となります。