日本のペットフード市場は、ペットを家族の一員と捉える意識の高まりとともに成長を続けています。この成長市場において、多くのペットフードメーカーは、自社工場を持たずに外部のOEM工場に製造を委託する形態を選択しています。

OEMは、設備投資や製造ラインの維持管理コストを抑え、商品開発やマーケティングに経営資源を集中できるという大きなメリットがあります。しかし、その製造委託先を国内の工場にするか、あるいは海外の工場にするかという選択は、メーカーにとって事業戦略上、極めて重要な判断となります。

特に、海外OEMと比較した場合、日本のOEM工場での製造には、一見すると見過ごされがちな、しかし事業の持続性や競争力に直結する独自のリスクが存在します。

本記事では、日本ペットフードメーカーが国内OEM工場で製造を行う際に直面しうる、海外OEMとの比較において顕著となるリスクについて、多角的な視点から詳細に解説します。

コスト構造の違いと価格競争力

ペットフードの製造コストは、製品の価格競争力を大きく左右する要素です。国内OEM工場での製造は、一般的に海外OEM工場と比較して、いくつかの点でコストが高くなる傾向にあります。このコスト構造の違いは、最終的な製品価格に影響を与え、市場での競争力に直接的な影響を及ぼします。

国内OEMのコスト要因

日本のOEM工場における製造コストは、主に人件費、原材料費、そして物流費によって構成されます。まず、人件費は、日本の労働市場の特性上、海外、特にアジア諸国の新興国と比較して高額です。

これは、熟練した技術者や品質管理担当者の確保、さらには福利厚生や社会保障費なども含まれるため、製造コスト全体を押し上げる要因となります。

次に、原材料費についても、国内で調達される原材料は、輸入される原材料と比較して価格が高い場合があります。特に、特定の国産原材料にこだわる場合や、少量での調達が必要な場合には、その傾向が顕著になります。

さらに、国内での物流コストも無視できません。日本国内の輸送網は発達しているものの、多頻度小口配送や、特定の地域への配送には、相応のコストが発生します。これらのコストは、製品単価に上乗せされるため、海外OEM製品との価格差を生み出す一因となります。

海外OEMのコストメリットとデメリット

一方、海外OEM工場、特に人件費や原材料費が比較的安価な国々では、製造コストを大幅に抑えることが可能です。これにより、製品の販売価格を低く設定できるため、価格競争において優位に立つことができます。また、大規模な生産ロットに対応できる工場も多く、スケールメリットを享受しやすいという利点もあります。

しかし、海外OEMにはデメリットも存在します。例えば、為替変動リスク、国際物流の遅延やコスト増加、文化や商習慣の違いによるコミュニケーションの課題、そして予期せぬ政治的・経済的リスクなどが挙げられます。これらのリスクは、コストメリットを相殺する可能性も秘めています。

価格競争における国内OEMの不利な点

国内OEM工場で製造されたペットフードは、前述のコスト要因により、海外OEM製品と比較して価格が高くなりがちです。これは、消費者が価格に敏感な場合、国内OEM製品が選択肢から外れる可能性を高めます。

特に、低価格帯の製品が市場を席巻している現状において、国内OEMのみに依存することは、価格競争力の低下を招き、市場シェアの獲得や維持を困難にするリスクがあります。高品質や安全性といった付加価値で差別化を図ることは可能ですが、それだけでは価格差を埋めきれないケースも少なくありません。

したがって、メーカーは、国内OEMを選択する際に、そのコスト構造を十分に理解し、価格競争における自社の立ち位置を明確にする必要があります。

サプライチェーンの柔軟性と安定性

ペットフードの製造において、サプライチェーンの柔軟性と安定性は、製品の供給能力と市場への迅速な対応を保証する上で不可欠です。国内OEM工場に製造を委託する場合、そのサプライチェーンは日本国内の状況に大きく依存するため、海外OEMと比較して異なるリスクを抱えることになります。

国内サプライチェーンの特性

日本のサプライチェーンは、一般的に高品質で信頼性が高いと評価されています。しかし、その特性ゆえに、特定の脆弱性も持ち合わせています。

例えば、日本は地震や台風などの自然災害が多発する国であり、これらの災害が発生した場合、国内の物流網や工場が甚大な被害を受け、サプライチェーンが寸断されるリスクが常に存在します。特定の地域に集中する原材料の供給元や製造工場に依存している場合、そのリスクはさらに高まります。

また、国内のサプライヤーは、海外のサプライヤーと比較して、特定の原材料や部品の供給において選択肢が限られることがあります。

これにより、予期せぬ供給不足や価格高騰が発生した場合に、代替調達が困難になるだけでなく、国内の労働力不足や高齢化も、長期的なサプライチェーンの安定性に影響を与える要因となり得ます。また、原料調達の選択肢が限定的となることで、製品の差別化も難しくなります。

海外サプライチェーンの特性

一方、海外OEM工場を利用する場合、メーカーは世界中の多様なサプライヤーや製造拠点から選択する機会を得られます。これにより、特定の国や地域に依存することなく、原材料の調達先や製造拠点を分散させることが可能となり、サプライチェーン全体のリスクを低減できます。

例えば、ある国で災害や政治的混乱が発生した場合でも、他の国の工場で生産を継続できるため、供給途絶のリスクを最小限に抑えることができます。また、海外のサプライヤーは、国内では入手困難な特殊な原材料や、より安価な原材料を提供できる場合もあり、製品の多様性やコスト競争力の向上に貢献します。

しかし、海外サプライチェーンには、国際情勢の変動、貿易摩擦、通関手続きの複雑さ、輸送コストの変動、品質管理の難しさといった、国内にはない独自のリスクも伴います。これらのリスクを適切に管理するためには、国際的なビジネスに関する深い知識と経験が求められます。

緊急時における対応力の比較

緊急時における対応力は、国内OEMと海外OEMで大きく異なります。国内OEMの場合、地理的な近接性から、災害発生時や予期せぬトラブルが発生した際に、迅速な情報共有や現場へのアクセスが可能です。

これにより、問題の原因究明や対策の実施が比較的容易であり、サプライチェーンの復旧も早期に行える可能性があります。また、国内の商習慣や言語の壁がないため、緊急時の連携もスムーズに進むことが期待されます。しかし、国内サプライチェーン全体が同時に被災するような大規模災害の場合、その優位性は失われます。

対照的に、海外OEMの場合、緊急時の対応はより複雑になります。時差、言語、文化の違いがコミュニケーションを阻害し、迅速な意思決定や現場対応を困難にする可能性があります。

また、物理的な距離があるため、問題発生時の現地調査や品質確認に時間を要し、サプライチェーンの復旧に遅れが生じるリスクがあります。したがって、メーカーは、国内OEMを選択する際に、緊急時の対応計画をより具体的に策定し、サプライチェーンの強靭性を高めるための対策を講じる必要があります。

技術革新と設備投資の遅れ

ペットフード業界は、常に新しい原材料、製造技術、栄養学の知見が導入される技術革新が活発な分野です。この変化の速い環境において、OEM工場が最新の技術や設備を導入しているかどうかは、メーカーの製品開発力や市場競争力に直結します。国内OEM工場は、海外OEM工場と比較して、技術革新と設備投資において特有の課題を抱えることがあります。

国内OEM:新技術導入のハードル

日本のOEM工場は、一般的に品質に対する意識が高く、既存の製造プロセスにおいては高い信頼性を持っています。しかし、新規の技術や設備の導入に関しては、慎重な姿勢を取る傾向があります。

これは、高額な設備投資への躊躇、既存の安定した生産体制を変更することへの抵抗、あるいは新しい技術に対応できる人材の不足などが要因として挙げられます。特に、中小規模のOEM工場では、限られた経営資源の中で、常に最新の技術トレンドを追いかけ、大規模な設備投資を行うことは容易ではありません。

結果として、海外では既に標準化されているような先進的な製造技術(例えば、特定の加工方法や、新しいタイプの乾燥技術など)が、国内OEM工場では導入が遅れる、あるいは全く導入されないという状況が発生し得ます。

これにより、メーカーが開発したい革新的な製品が、国内OEM工場では製造できない、あるいは製造コストが高くなるという問題に直面する可能性があります。

海外OEM:最新設備や新技術へのアクセス

一方、海外のOEM工場、特に大規模な工場や、特定の技術に特化した工場では、積極的に最新の設備や技術を導入しているケースが多く見られます。これは、グローバル市場での競争が激しいため、常に生産効率の向上や製品の差別化を図る必要があるからです。

また、多国籍企業が運営するOEM工場では、世界中の最新技術やノウハウが集約され、それを活用できる体制が整っていることもあります。これにより、メーカーは、国内では実現が難しいような高度な製造技術や、特殊な加工方法を用いた製品を、海外OEM工場を通じて開発・製造することが可能になります。

例えば、特定の栄養素の吸収率を高めるための特殊なコーティング技術や、アレルギー対応のための厳格なクロスコンタミネーション防止設備など、海外OEMの方が先進的なソリューションを提供できる場合があります。これは、製品の付加価値を高め、競合他社との差別化を図る上で大きなメリットとなります。

製品開発におけるイノベーションの差

技術革新と設備投資の遅れは、最終的にメーカーの製品開発におけるイノベーションの差となって現れます。国内OEM工場が最新技術の導入に消極的である場合、メーカーは既存の技術や設備で製造可能な範囲内でしか製品開発を進めることができません。

これは、新しいコンセプトの製品や、より機能性の高い製品を市場に投入する機会を逸することにつながります。結果として、海外の競合他社が次々と革新的な製品を投入する中で、国内メーカーは市場での存在感を失い、競争力を低下させるリスクを抱えることになります。

海外OEM工場を活用することで、メーカーはより広範な技術的選択肢を得ることができ、それによって製品開発の自由度が高まり、市場のニーズに合致した、あるいは市場をリードするような革新的な製品を生み出す可能性が広がります。

したがって、メーカーは、OEMパートナーを選定する際に、単に既存の製造能力だけでなく、将来的な技術革新への対応力や設備投資への意欲も重要な評価基準とすべきです。

輸出入に関する知識と経験の不足

グローバル化が進む現代において、ペットフードメーカーが海外市場への展開を視野に入れることは、事業拡大の重要な戦略の一つです。この際、製造を国内OEM工場に委託している場合と、海外OEM工場に委託している場合とでは、輸出入に関する知識と経験の有無が、事業展開のリスクに大きく影響します。

国内OEM:輸出規制や手続きの複雑さ

国内OEM工場は、基本的に日本国内での流通を前提とした製造を行っています。そのため、海外への輸出を検討する際、メーカー自身が輸出に関する複雑な規制や手続き、通関業務、各国の輸入要件などを一から学ぶ必要があります。

ペットフードは、動物由来の製品であるため、輸入国によって検疫証明書、衛生証明書、成分分析証明書など、多岐にわたる書類の提出が求められます。また、各国の表示規制や成分規制も遵守する必要があり、これらを誤ると、製品が輸入国で差し止められたり、回収命令が出されたりするリスクがあります。

国内OEM工場自体が輸出業務に不慣れな場合、必要な情報の提供や書類作成の協力が得られにくく、メーカー側の負担が大きくなる可能性があります。結果として、輸出計画が遅延したり、予期せぬコストが発生したり、最悪の場合、輸出そのものが頓挫する事態も考えられます。

海外OEM:輸出入に関する専門知識が豊富

一方、海外OEM工場を利用しているメーカーは、既に国際的なサプライチェーンを構築しているため、輸出入に関する一定の知識と経験を有していることがほとんどです。海外OEM工場自体も、自国の輸出規制や他国の輸入規制に関する知見を持っている場合が多く、メーカーに対して必要な情報やサポートを提供できる体制が整っていることがあります。

これにより、メーカーは、新たな輸出先を開拓する際に、既存のノウハウやOEM工場のサポートを活用し、スムーズに手続きを進めることが可能になります。しかし、海外OEMを利用しているからといって、輸出入に関するリスクが全くないわけではありません。

例えば、輸出先の国の政治情勢や経済状況の変化、貿易政策の変更、為替レートの変動などが、輸出事業に影響を与える可能性があります。また、異なる法体系や商習慣を持つ国々との取引においては、契約内容の解釈や紛争解決において、専門的な知識が求められることもあります。

これらのリスクを適切に管理するためには、メーカー自身が国際貿易に関する継続的な情報収集と学習を行い、必要に応じて専門家のアドバイスを求めることが重要です。

グローバル展開における国内OEMの課題

グローバル展開を目指すペットフードメーカーにとって、国内OEM工場のみに依存することは、大きな課題となり得ます。国内OEM工場が輸出に関するノウハウを持たない場合、メーカーは自力で輸出の障壁を乗り越える必要があり、これは時間とコスト、そして専門知識を要する作業です。

特に、複数の国への輸出を検討する場合、各国ごとの異なる規制に対応することは、非常に複雑で困難な作業となります。これに対し、海外OEM工場は、国際的なビジネス経験が豊富であるため、輸出入に関する手続きや規制対応において、より実践的なサポートを提供できる可能性があります。

また、海外OEM工場が所在する国が、特定の貿易協定を結んでいる場合、関税の優遇措置を受けられるなど、コスト面でのメリットを享受できる可能性もあります。

したがって、メーカーは、将来的なグローバル展開を視野に入れるのであれば、OEMパートナーを選定する際に、輸出入に関する知識と経験、そして国際的なビジネスへの対応力を重要な評価項目として考慮すべきです。

結論:将来的な展望を総合的に考慮する

日本ペットフードメーカーが製造委託先として国内OEM工場を選択する際、海外OEM工場と比較して、コスト構造、サプライチェーンの柔軟性と安定性、技術革新への対応、そして輸出入に関する知識と経験の有無といった点で、独自のリスクを抱えることが明らかになりました。

国内OEM工場は、高品質な製品製造と国内市場への迅速な供給という点で強みを持つ一方で、人件費や原材料費の高さに起因する価格競争力の課題、自然災害や特定のサプライヤーへの依存によるサプライチェーンの脆弱性、新規技術導入への慎重さ、そして少量多品種生産への対応の硬直性といったリスクを内包しています。さらに、グローバル展開を視野に入れる場合、輸出入に関するノウハウの不足が、海外市場への参入障壁となる可能性も指摘されます。

これらのリスクは、単に製造コストや効率の問題に留まらず、メーカーの事業戦略、市場競争力、そして将来的な成長可能性に深く関わってきます。特に、ペットフード市場が多様化し、グローバル化が進む中で、これらのリスクを適切に評価し、管理することは、メーカーにとって不可欠な経営判断となります。

したがって、日本ペットフードメーカーは、OEMパートナーを選定するにあたり、単に地理的な近接性や既存の関係性だけでなく、自社の事業戦略、ターゲット市場、製品特性、そして将来的な展望を総合的に考慮し、国内OEMと海外OEMそれぞれのメリット・デメリット、そしてリスクを慎重に比較検討する必要があります。

場合によっては、国内OEMと海外OEMを組み合わせるハイブリッドな戦略も有効な選択肢となり得るでしょう。最終的には、これらのリスクを理解し、それらを克服するための戦略を策定することが、持続的な成長と競争優位性の確立に繋がります。