ペットフード市場では、栄養価の高さと差別化を両立できる新原料への関心が高まっています。その中でもマイクロアルゲ(微細藻類)は、オメガ3脂肪酸(DHA/EPA)や必須アミノ酸をすべて含む高品質タンパク質、強力な抗酸化物質など、多彩な機能性成分を供給できる次世代素材として注目を集めています。
特にスピルリナは乾燥重量の55〜70%がタンパク質で構成され、必須アミノ酸を網羅する「完全タンパク質」として知られ、消化性や安全性の面でも優れています。さらに、マイクロアルゲは短期間で大量培養でき、魚油や動物性副産物に依存しない持続可能な栄養供給源であることから、環境負荷の低減にも寄与します。
本記事では、マイクロアルゲの栄養的価値、機能性、サステナビリティ、他原料との比較優位性、そして海外での導入事例を踏まえ、ペットフード開発における活用の意義と可能性を詳しく解説します。
マイクロアルゲ(微細藻)とは
マイクロアルゲ(Microalgae/微細藻類)とは、顕微鏡サイズの藻類の総称で、真核藻(クロレラ、ナンノクロロプシス、ヘマトコッカス等)と、しばしば藻類に含めて扱うシアノバクテリア(例:スピルリナ=Arthrospira)を指します。
海水・淡水・土壌などあらゆる環境に生息し、高い増殖速度と多様な代謝産物(長鎖オメガ3脂肪酸、機能性タンパク、色素・抗酸化物質など)を産生するのが特徴です。
昆布・ワカメなど肉眼で見える「海藻(マクロアルゲ)」と区別して、原料化・機能設計の自由度が高い次世代素材として注目されています。
ペットフード用途で代表的な種類
- シゾキトリウム
発酵培養に適した海洋起源の微生物群で、DHA豊富なオイルを効率的に生産します。魚油代替のオメガ3源として最も普及。風味がマイルドで配合設計がしやすいと言われています。
- ナンノクロロプシス
EPAを多く含む光合成藻。粉末や抽出オイルとして供給され、抗酸化色素やミネラルも併せ持っています。
- クロレラ
高タンパク(細胞破砕加工で消化性向上)、ビタミン・ミネラルが豊富です。機能性トッピングや日常の栄養補完に適合します。
- スピルリナ
必須アミノ酸バランスに優れたタンパク源です。フィコシアニンなど色素・抗酸化成分を含み、免疫・抗炎症をサポートします。
- ヘマトコッカス
アスタキサンチンの供給源です。酸化ストレス対策や皮膚・被毛ケアの機能素材として利用されます。
高い栄養価と健康機能効果
マイクロアルゲ(微細藻類)は栄養豊富で、ペットの健康に有益な成分を多く含みます。特に注目すべきはオメガ3系脂肪酸(EPA/DHA)で、脳機能や心臓の健康、被毛や皮膚の状態向上に寄与します。
ペットの食事に十分なオメガ3を含めることは、ペットオーナーの関心も高く、欧米ではペットフード購入時に70%もの飼い主がオメガ3の有無を重視するとの調査結果があります。
しかし、犬や猫は体内でDHA/EPAを合成できず、食餌から直接摂取する必要があります。その点、マイクロアルゲ由来のオメガ3は魚油に匹敵する質と効果を持ち、ペットの脳・視覚機能や心血管の健康維持に役立つことが研究でも示されています。
マイクロアルゲの一つであるスピルリナは、乾燥重量の約55〜70%がタンパク質という非常に高いタンパク含量を誇り、さらに人間や犬猫の健康維持に不可欠な必須アミノ酸(EAA)をすべて含有しています。その為、栄養学的な定義上「完全タンパク質」と呼ばれる食品のひとつです。
必須アミノ酸は体内で合成できず、食事からの摂取が必要なため、食品原料としては非常に重要な指標となります。スピルリナは、ロイシン、イソロイシン、リジン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン、ヒスチジンといった必須アミノ酸をバランス良く含み、ペットフードのタンパク質源として栄養的価値が高いことが知られています。
また、スピルリナのタンパク質は細胞壁が薄く、セルロースをほとんど含まない構造のため、消化吸収性にも優れています。これは、細胞壁が厚く難消化性であるクロレラなどと比較した際の大きなメリットです。ペットにとっても消化負担が少なく、効率的にアミノ酸を利用できる素材と言えます。
マイクロアルゲはまた強力な抗酸化物質の供給源でもあります。例えばヘマトコッカス藻から得られるアスタキサンチンは抗酸化作用が非常に高く、免疫機能の調整や抗炎症作用が期待できます。
さらに不飽和脂肪酸、ビタミン(特にB群)、鉄・カルシウムなどのミネラルやフィコシアニン等の色素も豊富に含み、「スーパーフード」と称されるほど栄養価が高いことが報告されています。クロレラやスピルリナは既にヒト向けサプリメントでも広く利用されており、年産数万トン規模で生産されている一般的な微細藻種です。
こうしたマイクロアルゲ由来成分をペットフードに加えることで、抗酸化作用による老化抑制や、免疫力向上、皮膚・被毛の健康維持といった機能性が期待できます。
実際、ある研究では藻類由来DHAをシニア犬に6か月与えたところ記憶力や視覚認知の指標が改善されたとの報告もあり、マイクロアルゲの健康機能についてはペット分野でも科学的な裏付けが進みつつあります。
サステナビリティ(持続可能性)の利点
マイクロアルゲを活用する大きな意義の一つは、その優れたサステナビリティにあります。従来、ペットフードのオメガ3源には魚油が多用されてきましたが、世界の漁業資源の約90%はすでに限界まで利用されるか過剰漁獲の状態にあり、将来的な魚油供給の不安が指摘されています。
実際、ペットフード業界全体で年間推定9,300億匹もの魚が魚粉・魚油目的で水揚げされているとの試算もあり、持続可能性の観点から大きな課題です。これに対し、マイクロアルゲから直接オメガ3を生産すれば海洋資源への負荷をかけずに必要栄養素を供給できます。
例えばオメガ3高含有のシュードコリネラ属(シゾキトリウム)の藻類を発酵培養して得られるオイルでは、1トンの生産で野生魚66トン分の漁獲を代替できると報告されています。このように「魚を介さず直接源流(藻)からオメガ3を得る」アプローチは、海洋生態系保護に直結する持続可能な手段です。
資源効率性
マイクロアルゲの活用は、その優れたサステナビリティ特性により、資源効率性の向上に大きく貢献します。藻類は太陽光やCO₂を利用して高速増殖し、耕作不適地や塩水でも栽培できるため、農地や淡水をほとんど消費しません。
さらに、閉鎖系で培養可能なため、天候や季節に左右されず安定供給が可能です。土地利用効率も極めて高く、例えばエンドウ豆タンパクの1/16の土地で同等の生産が可能とされ、ライフサイクルアセスメント(LCA)でも畜産や従来の作物由来原料に比べて低環境負荷であることが示されています。
水使用量削減
水使用量の削減効果も顕著です。ある微細藻類ベンチャーの試算では、藻類プロテインの生産に必要な水は養殖魚の1/160に過ぎません。さらに、塩水や淡水の再利用が可能であり、淡水資源への依存度が極めて低いのも特長です。
短サイクル生産
マイクロアルゲ生産は従来の動植物原料と比べ有利です。藻類は太陽光やCO₂を利用して高速増殖し、耕作不適地や塩水でも栽培可能なため農地や真水の資源をほとんど消費しません。
具体的な例として、カナダのある微細藻類ベンチャーは独自発酵技術でわずか7日間で藻類バイオマスを培養し、高タンパク質・DHA含有の素材を生産していますが、これは従来の農作物によるタンパク質生産(大豆などに7~9か月)に比べ極めて短いサイクルです。
GHG排出削減
さらに、温室効果ガス(GHG)の排出削減にも寄与します。マイクロアルゲプロテインのGHG排出は牛肉生産の1/30とされ、魚油の代替として利用することで、魚の漁獲・加工・輸送に伴うCO₂排出も削減できます。これは、海洋生態系保護と同時に、海洋由来の温室効果ガス発生の抑制にもつながります。
他原料と比較した優位性
比較項目 | マイクロアルゲ | 魚油 | 動物性副産物 | 植物性タンパク |
---|---|---|---|---|
栄養価 | ◎ 完全栄養素 | 〇 DHA/EPA豊富 | 〇 高タンパク | △ アミノ酸不足 |
安定性‧品質 | ◎ 高い | △ 酸化しやすい | △ ばら つきあり | 〇 安定 |
安全性 | ◎ 高い | △ 重金属リスク | △ 病原体リスク | 〇 高い |
資源効率 | ◎ 非常に高い | × 枯渇懸念 | △ 畜産依存 | 〇 中程度 |
環境負荷 | ◎ 低い | × 漁業影響 | × 高い | 〇 中程度 |
特殊機能性 | ◎ 多機能 | 〇 中程度 | △ 限定的 | △ 限定的 |
総合評価 | ◎ 最適 | △ 課題あり | △ 課題あり | 〇 良好 |
魚油との比較
マイクロアルゲ由来オイルの最大の強みは、魚油の代替源として遜色ない栄養価を持ちながら、魚油の欠点を克服できる点です。魚は自らDHA/EPAを生産できず食物連鎖から摂取しているため、「中間の魚を介さず直接オメガ3源にあたる藻類を使おう」というのがこの発想です。
高濃度のDHA・EPA
実際、藻類由来DHA原料(例:コービオン社のAlgaPrime DHAなど)は製品によっては35~60%と非常に高濃度のDHA・EPAを含み、一般的な魚油製品よりも2倍以上高濃度のものも開発されています。高濃度で安定した微細藻オイルを用いれば、少量で必要なオメガ3量を添加できるためペットフードへの配合もしやすくなります。
酸化安定性や風味◎
また、魚油に比べ酸化安定性や風味の点でも利点があります。藻類オイルは魚油特有の生臭さが少なく、酸化による劣化臭も起きにくいと報告されており、嗜好性の面でペットフードに組み込みやすい素材です。さらに重金属や環境汚染物質の蓄積リスクがない点、コレステロールを含まない点も品質上のメリットです。
ヴィーガン・オーガニック対応
原料表示の観点でも、魚由来原料を使わないことでヴィーガン対応・オーガニック対応の製品訴求が可能となり、ペットフードにおける差別化要素になります。このように、マイクロアルゲは魚油の機能性をそのままに、安全性・風味・持続可能性を高めた次世代のオメガ3原料と位置付けられます。
- 魚油と比較して酸化安定性に優れ、風味も良好。
- 重金属リスクがなく、海洋資源保護にも貢献。
動物性副産物との比較
ペットフードでは伝統的に肉粉や内臓などの動物性副産物がタンパク源・栄養源として使われてきましたが、マイクロアルゲはこれらに対してもいくつかの優位性を示します。
高品質なタンパク源
まず、高品質なタンパク源である点です。前述のとおりスピルリナなど一部の藻類は必須アミノ酸バランスに優れた良質タンパク質を含み、消化吸収性も高いことから、肉副産物に代わる栄養源として有望です。
また、藻類由来原料は家畜由来の病原体リスクや抗生物質・ホルモン剤残留の心配がないクリーンな原料です。ペットフードの安全性・品質管理の面で、安定培養された藻類ならロット間のばらつきも少なくトレーサビリティが確保しやすいメリットもあります。
原料調達の持続可能性
さらに、原料調達の持続可能性という点でも、食肉産業の副産物に依存しない藻類活用は意義があります。昨今はペットにもヒューマングレード志向や、“副産物不使用”を好む消費者ニーズも存在しますが、そうした高付加価値製品において動物性原料を減らし環境負荷も低減できる藻類タンパクは、新たなソリューションとなり得ます。
例えば欧米では、完全菜食主義(ヴィーガン)ベースのプレミアムペットフードも登場しており、そこでは不足しがちな必須栄養素(DHAやアミノ酸)を藻類で補うケースがあります。マイクロアルゲは動物性原料を補完・代替しつつ栄養要件を満たせる素材として、開発担当者にとって今後重要性を増すでしょう。
- 病原体リスクや品質のバラつきが少ない。
- クリーンなイメージと高いトレーサビリティを実現。
植物性タンパク質との比較
栄養価の高さ
近年、大豆やエンドウ豆など植物性タンパクがペットフードに活用される例も増えていますが、マイクロアルゲには他の植物原料にない利点が存在します。一つは栄養価の高さです。典型的な植物タンパクは特定の必須アミノ酸が不足しがちですが、藻類由来タンパク質はアミノ酸組成が優れ、例えばスピルリナはアミノ酸スコアが極めて高い完全集合タンパクです。
また藻類には同時に不飽和脂肪酸やミネラル、ビタミン類など多彩な栄養素が含まれるため、単なるタンパク補給源を超えた機能性素材として働きます(植物には含みにくいDHAやβ-カロテン、ビタミンB12様化合物を供給できる点は顕著です)。
生産効率と環境負荷
二つ目は生産効率と環境負荷です。上述の通り、藻類培養は陸上作物に比べ圧倒的に短期間・狭い土地で大量生産でき、水や肥料の使用量も少なくて済みます。例えば藻類タンパク質1トンを生産するのに必要な土地はエンドウタンパクの1/16で済むとのデータもあり、限られた農地資源を節約できます。
さらに藻類は他の作物とは独立した設備で栽培可能なため、天候や土壌条件に影響されず安定供給が可能です。植物タンパクはしばしば収穫時期や気候による品質変動がありますが、藻類なら通年で均質な品質を維持しやすい利点があります。総じて、マイクロアルゲは植物性タンパク質の利点(持続可能性・アレルゲンフリーなど)を持ちつつ、栄養価と生産効率で優れる素材と言えます。
- 必須アミノ酸バランスに優れ、多様な栄養素を含有。
- 少ない資源で効率的に生産でき、安定供給が可能です。
海外市場での導入事例・研究動向
マイクロアルゲ活用の潮流は海外ペットフード市場で着実に広がっています。米国ではプレミアムペットフードメーカーのAnnamaet社がいち早く藻類に注目し、「Sustain」などの製品で海洋由来ではない持続可能なDHA源(海洋微細藻類)を配合しています。
同社は「魚は食べる藻類からオメガ3を得ているのだから、私たちも直接源である藻類から取ろう」というコンセプトを掲げており、藻類DHAを加えることでペットの脳や皮膚・被毛の健康をサポートするとともに、海洋資源保護にも貢献できるとしています。また原材料の安定供給という点でも、藻類由来オイルの採用はメーカーにメリットをもたらします。
実際、DSM社とEvonik社の合弁会社Veramarisは、水産養殖向けに開発した藻類EPA/DHAオイルをペットフード用途にも展開し始めており、2024年のPetfood Forumでペット向け製品「Veramaris Pets」を発表しました。このオイルはEPAとDHAを合計60%も含有し、従来の魚油より高濃度で安定した供給が可能です。
同社によれば1トンの藻類オイルで66トン分の野生魚を消費せずに済み、原料調達のサプライチェーンも安定化できるとされます。さらにDSM社は藻類由来DHAを粉末化した「DHAgold™」も提供しており、これは犬の認知機能サポート効果が実証されているなど機能性エビデンスも蓄積されています。 学術研究の面でも、ペット領域でのマイクロアルゲ活用事例が増えています。
例えば犬の腸内発酵モデルを用いた研究では、スピルリナ(Arthrospira)やクロレラなど藻類を加えた場合の腸内細菌叢への影響が検証され、短鎖脂肪酸の産生変化や特定の有害菌抑制効果が報告されています。結果は限定的ながら、藻類がプレバイオティクス的に働く可能性も示唆されており、今後の研究によりさらなる知見が期待されます。
また抗炎症作用や免疫賦活効果に着目した動物実験もいくつか行われており、微細藻類抽出物の継続投与で炎症マーカーが低減した例などが報告されています。海外では行政や研究機関もこの分野を後押ししており、米国農務省やEUが藻類の飼料利用に関する研究・商業化プロジェクトに資金提供する動きもみられます。
こうした市場と技術の発展により、マイクロアルゲ原料は今やペットフード開発における有力な選択肢となりつつあります。欧米を中心に製品化が進む中、アジア太平洋地域でも市場が急成長すると予測され、将来的に日本のペットフード業界でも重要なトレンドになることは確実です。栄養学的メリットと環境面でのメリットを両立できるマイクロアルゲは、まさに「環境に優しいものは健康にも優しい」原料と言えます。