ペットフード業界でも「グルテンフリー」という言葉をよく耳にします。これは元々、人の健康志向ブームに由来するもので、セリアック病というグルテンに対するアレルギー疾患の患者向け食事法が発祥です。有名テニス選手がグルテンフリーダイエットでパフォーマンスを向上させたことも話題となり、グルテンフリーは「なんとなく健康に良さそう」というイメージで一般にも広まりました。
こうした人間の食のトレンドやマーケティングの影響を受け、プレミアムペットフードでも「グレインフリー(穀物不使用)」が一大トレンドとなっています。また2007年には、中国製の小麦グルテンがメラミン混入により大規模リコールを引き起こし、ペットに健康被害をもたらした事件も起きました。このような背景から、「犬や猫に穀物(グルテン)は不要ではないか」「グルテンは有害ではないか」といった議論が盛んになっているのです。
しかし、一方で穀物は古くからペットフードに利用されており、実際にはイヌ科動物は人間と同じく雑食に分類され、野生のオオカミでさえ狩った草食動物の胃内容物(植物や穀物)を摂取する例が知られています。そこで本記事では、ペットフードにおけるグルテンについて科学的な視点から解説し、その役割やメリット・デメリットについて考えてみます。
グルテンとは何か

グルテン(Gluten)とは、小麦やライ麦、大麦など麦類の穀物に含まれるタンパク質の一種です。小麦粉に水を加えて練ると粘りが出るのは、このグルテンによるものです。
グルテニンとグリアジンという2種のタンパク質が水分を吸収して網目状に結合することで弾力のあるグルテンが生成され、生地にコシや粘りを与えます。人間の食事ではパンや麺のもちもちした食感を生み出す成分として古くから利用されてきました。
一方、「グルテンフリー」とは文字通りグルテンを含まない食品全般を指します。もともとはグルテンに免疫反応を起こすセリアック病患者向けの食事療法でしたが、近年では健康志向のライフスタイルの一環として一般の人々にも広がりました。ペットフードにおいてもグルテンフリー製品が登場しています。
犬や猫には本来セリアック病はありませんが、後述のように一部の犬種でグルテンに対する不耐症(消化できないこと)が報告されており、その対策や、食物アレルギー対応のプレミアムフードの一種としてグルテンフリーが注目されるようになっています。
グルテンを含む穀物と含まない穀物
| グルテン含有 | グルテンフリー |
|---|---|
| 小麦 | 米 |
| 大麦 | トウモロコシ |
| ライ麦 | そば |
まず「穀物(グレイン)」の定義を押さえておきましょう。穀物とは主にイネ科植物の種子のことで、米、小麦、トウモロコシ、大麦、オーツ麦(燕麦)、ライ麦、キビ、アワなどが含まれます。ペットフードに使われる代表的な穀物には、小麦やトウモロコシ、米などがあります。
このうちグルテンを含む穀物は、小麦・ライ麦・大麦といった麦類です。小麦に代表される麦類にはグルテン(グルテニン+グリアジン)が含まれます。
一方、米(玄米・白米)やトウモロコシ、それからイネ科ではありませんがそば(蕎麦)やアマランサス、キヌアなどはグルテンを含まない「グルテンフリー穀物(擬穀類を含む)」として扱われます。
例えば、トウモロコシ由来のデンプンや米粉にはグルテンが含まれないため、小麦グルテンに敏感な動物でも比較的安心して摂取できます。ただしオーツ麦は本来グルテンを含みませんが、小麦と混紛することが多くグルテンが混入する可能性があるため、厳密なグルテンフリー食では避けられる場合があります。
グルテンフリーのペットフードとは、以上のようなグルテンを含む穀物(麦類)を原料に使用していないフードのことです。商品によっては「グルテンフリー」と表示しつつ、実際には小麦以外の穀物(米やトウモロコシなど)も避けたグレインフリー(穀物全般不使用)の場合もあります。
グルテンフリーとグレインフリーは本来異なる概念ですが、マーケティング上両者が混同されている例も見受けられます。そうならないように、これらの違いを正しく理解することが重要です。
グルテンフリーとグレインフリーの違い
グルテンフリー
- 小麦・大麦・ライ麦を使わない。
- 米やトウモロコシは使用可能。
グレインフリー
- すべての穀物を使わない。
- より制限が厳しい食事法。
ペットフードにグルテンを使う理由
ペットフードの原材料として穀物由来のグルテン(小麦グルテンなど)が使われてきたのには、きちんとした理由があります。グルテンや穀物を含むフードの利点を整理すると、主に次のような点が挙げられます。
栄養エネルギー源になる
小麦やトウモロコシなど穀物は炭水化物を豊富に含み、犬にとって重要なエネルギー源です。適量の炭水化物は日々の活動を支え、タンパク質をエネルギー消費に使わず筋肉維持に回す助けにもなります。さらに穀物には食物繊維やビタミンB群、ミネラルも含まれ、総合栄養食の栄養バランスを整えるのに役立っています。
消化性が高い
加工された穀物は犬猫の消化管で十分に消化吸収されます。生の穀物は難消化となりますが、ペットフードでは加水加熱など調理によってデンプンをアルファ化(糊化)してあり、消化可能な形にしています。
ある研究では複数種類の穀物類を加熱加工して犬に与えたところ、99-100%消化吸収されたとのデータも報告されています。
特に小麦グルテンは小腸での消化率がきわめて高く(約99%ともいわれます)、未消化のまま大腸に届くタンパク質が少ないため、腸内での異常発酵やガス発生、便臭の軽減に役立つとされています。
適度なタンパク源となる
小麦グルテンは植物性タンパク質ですが含有率が高く(乾燥グルテンは約75-80%がタンパク質)、しかも脂肪分が少ない優良なタンパク源です。肉由来の動物性タンパク質に比べて飽和脂肪酸やコレステロールをほとんど含まず、カロリー過多や高脂血症が気になるペットの食事にも組み込みやすい素材です。
また小麦グルテンのアミノ酸組成は肉類とは異なるため、肉原料と組み合わせることでお互いの不足アミノ酸を補完し合い、栄養バランスの調整に寄与します。
例えば小麦グルテンはリシン(必須アミノ酸の一種)が少ない反面、メチオニンやシスチン(システイン)は豊富です。そのためリシンの多い肉原料と併用すれば必須アミノ酸を過不足なく満たしやすくなるのです。
フードの物性や嗜好性の向上
小麦粉由来のグルテンはペットフードの加工上も有用です。生地に粘りと弾力を与えるため、ドライフードでは粒の成形を助けて崩れにくくし、適度な食感を生み出します。この歯ごたえのある食感は犬にとって咀嚼の満足感につながり、嗜好性(好んで食べる度合い)を高める効果があります。
またカリカリとした硬めの粒を噛むことは歯垢の除去や歯茎のマッサージ効果も期待できます。ウェットフードでも、小麦グルテンはとろみのあるソースやゼリー状の固まりを作る増粘安定剤として利用されています。
コスト面のメリット
小麦やトウモロコシは比較的安価で安定供給できる原材料です。穀物由来のタンパク質を適度に活用することで、良質な動物性タンパク質(肉や魚)だけを使うより価格を抑えたフード設計が可能になります。これは大型犬を多頭飼育している、または経済性を重視する飼い主層に訴求する際の大きなメリットです。
グルテンを含む穀物はペットフードにおいて栄養バランス・消化吸収率・嗜好性・価格など様々な面で貢献しています。ただし、これらのメリットが成立するのはあくまで「適切な原料配合と加工」が前提です。
グルテンのデメリットと懸念点
メリットの多いグルテンですが、一方では注意すべきデメリットや懸念点も存在します。ここではグルテン(主に小麦)に関して指摘されている代表的な懸念点を挙げます。
食物アレルギーのリスク
小麦は犬の食物アレルギー原因の上位に挙がることがあります。とはいえ「すべての犬が小麦アレルギー」というわけではなく、ある調査では犬全体の約10%程度が小麦に対するアレルギーを持つと報告されています。アレルギー症状としては皮膚のかゆみ・発赤、外耳炎、下痢・嘔吐など様々です。
グルテン不耐症
ごく一部の犬ではグルテンを消化できないグルテン不耐症が報告されています。代表的なのはアイリッシュ・セターで、小麦グルテンに対する遅延性の消化障害が遺伝的に起こりやすいことが知られています。
この場合、慢性的な下痢や嘔吐、腹部不快感・膨満感といった症状がみられ、食事からグルテンを除去することで改善します。
グルテン不耐症自体は犬では非常に稀なケースで、免疫反応によるアレルギーとは異なる消化障害です。人のセリアック病に相当するこの症状を持つ犬では、生涯にわたり厳格なグルテン除去食が必要となります。
高炭水化物による血糖負荷
小麦はでんぷん質、つまり糖質を多く含むため、糖尿病の管理が必要な犬や肥満傾向のある犬では注意が必要です。高GI(グリセミック指数)の炭水化物を大量に摂取すると血糖値が急上昇し、インスリンの負担になる可能性があります。
特にシニア犬、運動量が少ない犬、肥満気味の犬などは炭水化物の過剰摂取を避け、低糖質・高タンパクの食事が良いとされています。グルテンそのものというより穀物全般の問題ですが、小麦を主原料に含むレシピでは相対的に糖質比率が高くなる点に留意しましょう。
栄養バランスの偏り
市販されている安価な低品質フードの中には、動物性タンパク質を減らす代わりに小麦など穀物を主原料として大量に配合しているものがあります。こうしたフードではタンパク質やその他の必須栄養素が不足しがちで、被毛や筋肉の状態悪化、体調不良につながる恐れがあります。
本来、穀物由来の栄養は肉や油脂など他の原料と組み合わせてこそ活きるものであり、小麦が主原料(第一原料)に来るようなフード開発はあまりお勧めできません。
グルテンに関する懸念点は主にアレルギー(不耐症)リスクと炭水化物過多による影響、そして原料の質と配合量に起因する栄養問題と言えます。幸い、グルテンに重篤な問題を抱えるペットは一部に限られています。
グルテンの知られざるメリット
グルテンは一般に「摂らないほうが良いもの」と思われがちですが、視点を変えると意外なメリットもあります。ここではグルテンや穀物のプラスの側面に注目してみましょう。
腸内環境への好影響
前述したように、小麦グルテンは非常に消化率が高いため大腸に届く未消化タンパクが少なく、腸内細菌による有害物質の産生や腸粘膜への悪影響を抑える効果が期待できます。
結果としてお腹が張るガスの発生や便の悪臭を軽減し、便の状態を良好に保つ助けとなります。これは高タンパク・低炭水化物の食事が合わず軟便になってしまうペットにとって、穀物を適度に含む食事がかえって安定した消化をもたらす例があることを示唆しています。
腎臓への負担軽減
グルテンを含む穀物タンパク質は、肉など動物性タンパク質に比べてリン含有量が低いという特長があります。リンは腎臓病や尿路結石症(ストルバイト結石)管理の面で制限が必要なミネラルですが、グルテンは低リンのタンパク源として腎臓ケア用の療法食に重宝されています。
例えば、市販の腎臓病用食事療法食では、小麦グルテンやトウモロコシグルテンなど植物性タンパクが良質な動物性タンパクと組み合わされ、全体のリン量を抑えつつ必要なタンパク質を確保する工夫がなされています。「グルテン=腎臓に悪い」というイメージとは逆に、腎臓病の犬猫ではむしろ味方になっているケースもあるのです。
栄養学的な安心感
グルテン自体は必須アミノ酸スコアで見ると肉より劣る部分もありますが、前項の通り他のタンパク源と補い合うことで栄養価を発揮します。またグルテンを含む穀物由来の原料は、長年にわたりペットフードに使用されて膨大な蓄積データがあるため、安全性や適量についてのエビデンスが豊富です。
近年注目の昆虫タンパクや新奇原料と比べても、その点で栄養学的な信頼性が高いと言えるでしょう。実際、市販されている獣医師専用の高品質フードの多くにも小麦やトウモロコシが含まれており、「最新の研究に裏付けられた栄養設計」の一環としてグルテンが活用されています。
まとめ:正しく理解して使い分ける
グルテンそのものは決して「悪い成分」ではなく、ペットフードの中で上手に活用すれば有益な栄養源となり得るものです。一方で、一部のペットにはグルテンが問題を起こす場合があるのも事実です。大切なのは、グルテンの特性や役割を正しく理解し、犬・猫の状況に応じて使い分けることです。
グルテンや穀物にアレルギー・不耐症があるペット向けにはグルテンフリー(あるいはグレインフリー)のフードレシピを検討し、そうでなければ無理に穀物抜きにこだわる必要はありません。むしろ穀物入りの総合栄養食の方が多様な原料を使える分、栄養バランスを整えやすく価格も抑えられるといった利点があります。
大切なのは流行や宣伝文句に惑わされず、犬・猫の健康状態やライフステージに合った適切な栄養バランスのフードを開発することです。